第八話 アンドロイドのせいじゃない
みんなが二人三脚の練習をする中で、私たちはあきらかに出遅れていた。
しかたなく莉鈴の肩に腕を組むと、莉鈴はいやそうにこちらをにらみつけた。
しょうがないじゃん、そういう競技なんだから。
「えっと、じゃあ、イチって言ったら結んである方の足を上げて、ニって言ったら結んでない方の足を上げて」
「ハーイ」
誰がどう聞いても真面目とは思えない声で莉鈴が返事をした。
私たちはリレーの選手だ。このクラスで一番目と二番目に足が速い。
しかし二人三脚ってなると、このクラスの誰よりも遅いんじゃないか……そんな気持ちになってしまう。それくらい私たちは息が合っていなかった。
「いくよ。イチ、ニィ、イチ……」
私がかけ声をかけるも、莉鈴は明らかにやる気がなさそう。
一応はかけ声に合わせて足を上げてくれてはいるけれど、だるそうな感じがありありと伝わってきてひどくやりにくかった。
「イチ、ニィ、イチ、ニィ……」
「――ねえ、上原さん」
「え、何?」
突然話しかけられ、足が止まった。
みんなはいっしょうけんめい練習をしているのに、私たちだけ足を動かしていない。
あきらかにスタートでつまずいている。
早くみんなに追いつかなきゃと思うと、なんだか息苦しいような気がしてきた。
「上原さんって、宮部くんのこと好きなの?」
「はあ――? なんでそう思ったワケ? いいから練習しようよ」
そういえば莉鈴って宮部くんのことが好きなんだった。
誰が見てもはっきりとわかる。莉鈴が宮部くんのことを『ねらってる』って。
宮部くんと話す時だけ、体をくねくねさせて、声もひときわ甲高い。
「いいからって何? どうでもいいってこと?」
「そういう話は昼休みにすればいいでしょ」
私の声も莉鈴の声も、どんどんトゲトゲしていくのがわかる。
こういうのはよくないってわかっている。わかっているのに――
「上原さん、やっぱ最近調子乗ってるよね。安藤さんがそばにいるから?」
「……は?」
意味がわからなくて、自分でも思ってもみないほど低い声が出た。
莉鈴は私の声にちょっとだけひるだみたい。
けれど次に口を開いた時にはさらにえらそうに胸をはってふんぞりかえった。
「上原さんって、安藤さんのこと、アクセサリーとかペットみたいに思ってるんでしょ」
「何を言って……」
「――はーい、集合ー!」
先生の声にハッとなる。
あぶないあぶない、ケンカになるところだった。
私たちはもう小学五年生だ。
誰が好きとか、誰がかわいいからとか、そんなことでケンカなんてしてられないはずだ。
私たちはのろのろと、みんなよりも一番遅く先生の前にやってきた。
「じゃあ次は実践ということで、五十メートル走ってもらいます。ケガだけしないように、最初なので無理せずゆっくりとね!」
男子から順に、スタート位置について走り始める。
私たちはまだまともに足踏みもできていないのに……。
その場で練習している子たちもいるのに、莉鈴はぶっちょう面でその場から動こうとしない。
そんな莉鈴と足を結んでいる私もまた、ひとつも動けなくてモヤモヤした。
「はい、じゃあ次――!」
結局まともな練習もできず、見た目だけの仲すらとりつくろうこともできないまま、私たち二人はスタート位置につくことになってしまった。
ちょうどとなりにはレイナと未央ちゃんのペアが立った。
「アオイさん、がんばりましょうね」
「レイナ……」
レイナは未央ちゃんから教わったのか、ぎこちなくガッツポーズをした。
「位置についてー、用意――スタート!」
先生の声でみんな一斉に足を踏み出す。
わかりきっていたことだけど、私たちが一番遅い。
リレーの選手なのにどうしたんだ、と後ろの方でクラスメートがざわめいているのを聞いて、なんだかはずかしくなった。
「ねえ、上原さん、さっきの話の続きだけど」
「は? 今じゃないでしょ!」
「――上原さんと安藤さん、一緒に住んでるんでしょ?」
なんでそれを莉鈴が知ってるワケ!?
いや、それよりも二人三脚だ。私たちはまだ半分も進めていない。
「上原さんと安藤さん、別に親戚ってワケじゃないでしょ? ねえなんで?」
「いいから早くゴール――」
「あーっ、わかっちゃった! 安藤さんって、上原さんのお父さんの新しい奥さんの子どもとかー!? それともアイジンの子ども!? ずっとお父さんと二人暮らしだったのに、お父さん取られちゃって、上原さんってばかわいそぉー!」
周りにはもう私たちしかいなかった。
レイナと未央ちゃんはずっと前の方にいる。
だから莉鈴の声は私にしか聞こえなかったはずだ。
けれど、じっさいに話している声よりずっと大きく、私の頭の中にガンガンと響いた気がして。
私は思わず、動かしていた足をぴたりと止めた。
「えっ――キャア!」
私たちはのろのろとしか走っていなかったけど、私が突然立ち止まったことでバランスをくずした莉鈴が思い切り前に倒れた。
それに引っ張られて私も転んじゃったけど、こうなるって分かってたから受け身を取れた。
「いっ……たぁーい!!」
私は莉鈴を無視してむっくりと起き上がった。
ひざと手をすりむいちゃって、血がじんわりとにじんでいる。
「アンタ何して――!」
「金城さんがどうでもいい話でかけ声無視するからうまく走れなかった。ごめんね」
本当はごめんだなんて一つも思っていない。
立ち止まった私が悪いんじゃなくて、走ってる最中なのにべらべら話す莉鈴が悪いんだよ。
そんな意味をこめてそう告げると、莉鈴もその意図を読み取ったらしい。
なりふりかまわず、私につかみかかろうとしてきた。
「おーい、大丈夫かー!?」
先生がこちらに走ってきて、莉鈴がハッとしたように手を引っこめる。
莉鈴は好きな子や先生たち大人の前ではいい子の顔をするのだ。
さっきまでのつり上がった目はうるうるとなみだ目になっている。
そういう器用なところを、もっと別のことに生かせばいいのに……。
先生が私たちのすぐそばまでやってくると、痛々しそうな顔でしゃがみこんだ。
「立てるか?二人とも保健室に行くぞ」
「えぇ~! 大丈夫ですぅ~!」
「金城さん、鼻血出てるよ」
私が冷たく言うと、莉鈴はおどろいて「キャッ!」と悲鳴をあげて顔をおおった。
莉鈴は顔から転んじゃったから、そのひょうしに鼻をぶつけたんだろう。
さっきまで演技だったはずの目から見る間に水があふれだし、莉鈴はえぐえぐと泣きじゃくり、ずるずると鼻をすすった。
「先生。私はあっちで足を洗ってから行くので、金城さんを保健室に連れて行ってください」
私はそう言って、校庭のすみにある水道を指さした。
すりむいたヒザを見て納得したのか、先生は「ケガしないように引き続き練習!」と言って莉鈴を連れて校舎の方にもどっていく。
あーあ、今までもめごとなんか起こさないようにしてきたのに、やっちゃった。
落ちこんでいると、足のヒモをほどいたレイナが一人こちらに歩いてきた。
「アオイさん。このままでは細菌が感染し化膿します。立てますか?」
「いーよ別に、大丈夫だし……」
「よくありません。失礼します」
「えっ……うわあっ!?」
レイナはその細いウデからは信じられないほどの力で、私をひょいとかつぎあげた。
そのまま肩にかつがれて、私は動こうにも落ちちゃいそうで動けない。
「ちょっと、レイナ……!」
「人命優先。手順検索。消毒第一」
「立てるから! 歩けるから! せめておんぶにしてえぇぇっ!」
レイナは私の言うことをまったく聞こうとはしなかった。
みんながぽかんとしながらもこちらに注目している中、レイナはまっすぐ水道に向かって歩いていった。
くつとくつ下を脱ぎ、水道の水で手とヒザを洗う。
すりキズに冷たい水を当てるとちくちくとした痛みを感じる。
私は思わずみけんにシワを寄せて手をひっこめようとしたけど、レイナにがしっと手首をつかまれてまったく動くことができなかった。
こういう力強いところはものすごぉーくアンドロイドって感じがする。
「レイナ、もういいよぉ。じゅうぶん洗ったでしょ」
「擦過傷は地面の砂やゴミを丁ねいに取りのぞくことが第一です」
「サッカ……なんだって?」
「すりキズのことです」
私は何をやっているんだかという気持ちになり、ため息をついた。
「先ほど、二人三脚の最中に、私の名前が聞こえましたが」
レイナは淡々と言った。
あの時、レイナと未央ちゃんはもうゴールしていたように見えた。
「あんな距離で聞こえるとか、地獄耳」
「私の両耳には人間の倍ほどの感度を発揮できる集音装置が搭載されています」
「へぇー、知らなかった」
「そのため、アオイさんの部屋に入らずとも、アオイさんの寝言を聞き取ることが可能です」
「はは……レイナ、ジョーダン言えるようになったんだ?」
「冗談? 事実です」
そうは言っても、冗談を言っているようにしか聞こえなくて、笑ってしまった。
私、寝言でなんて言ってるんだろうなぁ。
勝手に聞くなんて、プライバシーの侵害じゃない?
……いや、そんな装置をつけた研究所のほうが悪いのか。
「……レイナが悪いわけじゃないもんね」
「なんの話ですか?」
「別に。それよりほんとにもういいよ、足がビショビショだよ」
「これはいけません。動かなくなってしまう」
「それはレイナでしょー?」
「生活防水が施されていますので問題ありません。泳げはしませんが」
「あ、さすがに泳げないんだ。お風呂も入れないもんね」
「ええ。ですが問題ありません。そうご心配なさらず」
心配か……。
心配の意味、ちゃんとわかっているのかな?
レイナは人間の感情を知るようプログラムされている。
レイナがわがままを言って私の家に住みたいって言ったわけじゃない。
レイナがこんな見た目なのも、人間っぽくふるまえないのも、全部レイナのせいじゃない。
「……レイナは大変だね」
「どういう意味です?」
「人間には数え切れないくらい感情があるのに、それを勉強するのは大変だなって」
莉鈴があんな風に言ったのは、私を怒らせるためだ。
莉鈴の好きな宮部くんと私が仲良さそうにしていた昨日のようすを、きっとどこかで見ていたのだろう。だからあんなめちゃくちゃに怒りをぶつけてきた。
誰が誰と仲良くなろうが、そんなの他人に決められることじゃないのにね。
あれくらいわかりやすい感情なら、レイナも勉強しやすいだろうに。
「ではアオイさん。私の背中につかまってください」
「あ、かつぐのやめたんだ」
「先ほど、せめておんぶにしてくれとおっしゃったではないですか」
私は笑いながらレイナにおぶさった。
レイナはひょいと私をおんぶして、そのまま苦もなく歩きだす。
私はレイナに奇みょうな友情をおぼえていたが――今はナイショにしておこう。
私とレイナは友だちだよ、なんて言ったら、また質問攻めにあうにちがいない。
それよりも、私は今日のことでどんなことが起こるのか、なんだか胸がザワザワしてしょうがなかった。
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