第五話 目立ちたがり屋
レイナが我が家にやってきてから一週間。
私のがんばりが実を結んだのか、それともレイナがあまりに変人だからか、今のところアンドロイドだとまわりに知られているようすはない。
そう、レイナはすっかり『変な子』として定着してしまった。
おかげでレイナとまともに会話をしている子は、未央ちゃんくらいしかいない。
転校生といえば他のクラスの子からも注目されたりするものだけど、ウワサが回っていったのかわざわざ話しかけにくる子はいなくなってしまった。
せいぜい、遠巻きにレイナをながめては、ヒソヒソ声で何かを言っているだけ。
ちょっとイヤな感じだ。けれどまさか私も「レイナはアンドロイドだから」なんて言うわけにはいかないし、実際のところレイナは気付いているのかいないのか、ヒソヒソ話をする人に対して特になにかを言うでもない。
今朝もヒソヒソ話を背中に受けながら、私たちは教室の自分の席についた。
「アオイさん。私はいつになったら友だちができるのでしょう?」
「さあ~。『ヒトの感情』ってやつがわかったら、レイナにも友だちができるんじゃない」
「――そう、それです」
教科書を机の中にしまい終えたレイナが、ずい、と身を乗り出した。
「人間には感情があります。喜怒哀楽、と」
「あー、真穂おばさんがそう言ってたね」
「ですがアオイさんは、私に対してすぐに『あきれてる』とか言います。これらは喜怒哀楽のどれに分類されるのですか?」
「ええー? 怒ってる……わけではないんだよ。かなしい、もちょっとちがうし」
どうやらレイナは、感情の種類にとまどっているみたいだった。
人間の感情は人間の数だけある。『エモい』とか、アンドロイドに伝わるのかな。
そもそも、私だってもう小学五年生になるわけだけど、感情の種類がどれだけあるのかなんてわからないし、そんなの人それぞれじゃん。
「――はーい、朝の会やるよー」
先生が教室に入ってくると、座ってない子たちがあわてて自分の席についた。
私もレイナに向けていた体を前へと向ける。
「えー、今日の体育でタイムを測って、徒競走の順番決めをしますからね」
クラス全体からわっと声があがった。楽しそうな声が半分、いやそうな声が半分。
ちょんちょん、と背中をつつかれて、私はレイナの方を振り返った。
「なぜタイムを測って徒競走の順番決めをするのですか?」
「六月の頭に運動会があるから、それの走る順番だよ」
久留隈小学校は六月の第一か第二日曜日に運動会がある。
運動会まで残り一か月。これから開会式の練習とかも増えてくるはずだ。
私は運動会があまり好きじゃない。
去年はお父さんも見に来てくれなくて、真穂おばさんとその家族が来てくれたけど、なんだかひどく情けない気持ちになったのを覚えている。
『情けない』って気持ちは、かなしいに分類される感情なのかな。
◇ ◇ ◇
体育の時間になって、私たちは出席番号順に走ることになった。
体育委員の子と先生がストップウォッチをたくさん持っている。
私は上原の『か』だから最初の方に。レイナは安藤の『あ』だけど、転校生は一番後ろの番号になるから、未央ちゃんと同じ組になるだろう。
グラウンドの砂をジャリジャリ踏みながら、私はふと気になってレイナに小声で話しかけた。
「レイナって、足速いの?」
「走るスピードという意味ですか? 最大スピードに達すれば百メートル五秒、時速はおよそ七十二キロメートルほどで走ることが可能です」
「自動車なの?」
「自動車ではありません。アンドロイドです」
レイナはアンドロイドだ。そのわりに、いやだからだろうか?
いくつも工程がある複雑なことは苦手だけど、走ったり力をこめたりっていう単純な動作はものすごぉーく得意らしい。
今日走るのは五十メートル。これでタイムを測って、実際に走る百メートル走の順番を決めることになる。
「レイナ。小学五年生女子の五十メートル走の平均タイムを教えて」
「小学五年生女子の五十メートル走の全国平均タイムは9.45秒です」
「よし。レイナ、9.45秒より速いタイムを出しちゃダメだからね」
「なぜです?」
「本気出して走ったらアンドロイドってバレるからだよ!」
レイナはなるほど、とうなずいた。
とにかく目立たせず、変な行動をさせず、レイナに人間の感情を教える。
今のところはうまくできている……って言っていいのかなぁ。
前半は男子たちが走って、後半いよいよ女子の番が回ってきた。
「いちについて、よーい、ドン!」
先生のかけ声でみんなが走りだす。
次は私の番だ。位置につくと、となりに金城莉鈴が立った。
「アタシ走るの得意だから~、リレーの選手に選ばれるかも!」
莉鈴の言葉に、みんな苦笑い。
この子はいつも自分が一番じゃないと気がすまないタイプなのだ。
私たちは出席番号がとなり同士。けれど仲良くおしゃべりしたことは一度もない。
「はい、それじゃあ次――いちについて、よーい、ドン!」
勢いよく地面をけって走りだす。
もしいいタイムが出たら、お父さんも見に来てくれるだろうか――五十メートルなんてあっという間で、私たちはすぐにゴールにたどりついてしまった。
「上原さん、8.2秒。金城さん、8.6秒」
「ちょっとぉ、数え間違えたんじゃないの!?」
しまった、莉鈴に目をつけられたくないから莉鈴よりはゆっくり走ろうって思ってたのに。
考えごとをしていたのでいつも通り走ってしまった。
莉鈴は体育委員の子にぶつぶつ文句を言っている。
じゅうぶん速いタイムなのに、一番じゃなかったのがどうしても気に入らなかったらしい。
「ちょっと、なに見てんの?」
莉鈴はまゆをつりあげて私にすごんできた。
「金城さん。運動会はクラス対抗なんだからさ。他のクラスに勝てばいいんだよ」
久留隈小学校の運動会は紅組白組じゃなくて、クラスごと。
一組が赤組、二組が青組、三組が黄色組になっている。だから同じクラスで争う必要なんてどこにもないのだ。
「フン、いい気になんないでよね。アナタの言ったとおり、当日は私が一番になるんだから」
そう言って莉鈴は肩をいからせながら行ってしまった。
運動会にそんなに熱心になれるなんて……って思ったけど、私も同じか。
走り終わった子たちの待機場所に私も向かって、レイナの順番を待った。
何組か走り終わって、レイナと未央ちゃんがいる組の番がまわってきた。
「安藤さん、9.5秒」
よしよし、レイナはうまく走ったようだ。
小数点以下二桁は四捨五入って先生が言ってたから、レイナは本当に9.45秒で走ったのかも。
「アオイさん。どうでしたか?」
「うん、よかったよ。レイナのことだから全速力で走って、ゴール前でいきなり止まって、時間になったらゴールするかと思ったけど」
「その手がありましたか」
「……冗談なんだから、やらないでよ?」
「『冗談』と『本気』の見分け方はどうすればよいのですか?」
レイナは相変わらずだったが、私はなんとなくホッとした。
そんなやり取りをしていると、先生がクラス全員の前に立った。
「はい、じゃあ、リレーの選手と走る順番を発表するからなー」
足の速い子は自分が選ばれるんじゃないかってソワソワしている。
足のおそい子は自分なんか関係ないやって顔で退屈そうに座っていた。
この学校の組分けはクラスごと。
リレーはなんと学年混合で、一クラスから二人。一年生から六年生まで、合わせて十二人が参加する。小さな子から大きな子まで参加するから、けっこう白熱するんだよね。
男子の代表二人が発表されて、小さな拍手が起こった。
「えー女子のリレー選手は、上原さんと金城さんです。次に走る順番は――」
先生がそう発表すると、とたんに私に視線が向いた。
拍手も起こったけど、私はどう反応すればいいかわからなかった。
その中でもひときわするどい視線を向けているのは、金城莉鈴だった。
体育の授業が終わって、私たちはグラウンドから教室にもどろうと歩きだす。
私とレイナと未央ちゃんは、運動会のことを話しながらみんなの少しうしろを歩いていた。
「上原サン、ちょっといい?」
みんなの輪からはずれて、莉鈴が上から見下ろすようにそう言った。
私が返事をする前に、莉鈴は私の腕をぐいぐいひっぱっていく。
レイナと未央ちゃんからはなれ、私たちは二人きりになった。
「ねえ、調子にのらないでよね」
「……私はフツーに走っただけだけど?」
「そういうのがチョーシのってるって言いたいの!」
やだなぁ、面倒くさい。
そっとため息をつくと、莉鈴はそれを見逃さず、私の腕をつかむ手に力をこめた。
「痛いよ」
「ねえ上原サン。アタシ、一番じゃなきゃいけないの! クラスでも、学校中でも!」
「いや……クラスはまあ、できるかもしれないけど。学校中はムリでしょ。六年生がいるんだから――」
「アタシは目立たなきゃいけないの。なのになんなの? 安藤サンと仲良くしちゃって」
「ん……? レイナと仲良くなりたいの?」
「ちがーーーう!!」
莉鈴は怒って腕を振り上げた。
意味わかんない。
レイナもかなり意味がわからないけど、莉鈴の考えていることもまるでわからない。
「なんでアンタばっかり安藤さんと仲良くなって目立ってるワケ!?」
「いや目立ってるのは私じゃなくてレイナ――」
「そういうところが本当ムカつく!」
莉鈴はドンと私をつきとばした。
なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのか、全然わからない。
今の感情をレイナに聞かれたら、私は『ムカつく』って答えていたにちがいなかった。
「あ~あ、あんな顔がいいだけの変な子のお世話して点数かせぎとか、上原サンって本当ズルいよね~!」
「はぁ? ズルい? なにがズルいのかゼンゼンわかんない。金城さん、私にどうしてほしいわけ」
「アタシより目立たなきゃそれでいいの! 大人しくしててよね」
莉鈴はフンと鼻をならして、スタスタと校舎の中に入ってしまった。
私は一人ぽつんと残されて、ぎりぎりとこぶしをにぎった。
――そりゃあ、レイナの面倒を見ていれば、お父さんも私をほめてくれるんじゃないかって思ったよ。それの何が悪いの?
お父さんはひとつもまともな説明をしてくれなかった。
それにレイナに話しかけるのをやめたのは莉鈴やクラスのほとんどの人が自分で決めたことじゃん。私が話しかけるなって言ったわけじゃないのに、なにあれ。
目立ちたいなら莉鈴みたいに大きな声でレイナを見せびらかすし、なんならアンドロイドだって言っちゃうよ。レイナからビーッって電子音が鳴るところまで見せちゃうんだから。
ああ、イライラする!
なんであんな風に言われなくちゃいけないのか、本当にわからない!
私はこのイライラをしずめる方法がわからなくて、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。
「――アオイさん? おそいのでむかえに来ました」
「あ……レイナ」
レイナが校舎の影からひょっこりと顔をのぞかせた。
それだけで、私の心はなんだか少しずつ落ち着いていったのだ。
でも、どうしてレイナを見ると落ち着いたんだろう?
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