第四話 アンドロイドは友だちをつくりたい

第四話 アンドロイドは友だちをつくりたい



「いい? まずは私の友だちと友だちになってみな?」


 授業が終わり、休み時間になって私は後ろの席のレイナにふり返った。


「アオイさんの友だちですか? アオイさん、友だちがいたのですね」

「……バカにしてんの?」


 そりゃあ私だって友だちがたくさんいるってわけじゃない。むしろ少ない方だけどさ。

 みんなでワイワイするより、少ない友だちを大事にする方が私に合ってるだけだもん。


「ほら。今朝レイナが大あばれしたせいで、誰もレイナによりつかなくなったでしょ」


 教室の中をぐるりと見回すと、レイナを見ていた子たちがそそくさと別の方を向く。

 レイナが変な子だってことはすっかり知れわたったようだ。

 昨日みたいにレイナを囲んで質問するような子は、もう誰もいない。

 金城莉鈴なんか、昨日はあんなに興味しんしんでレイナにちょっかいをかけていたのに、今ではこっちをチラチラ見てはヒソヒソ声で友だちたちとなにか話して、クスクス笑っている。なんだかいやな感じだ。

 けれど元から私とはあまり関わりのない子たちだし、どうでもいいや。


 私は遠くの席にいる未央ちゃんと目が合って、手まねきした。

 未央ちゃんはすぐに席を立って、こちらへトコトコとやってくる。


「ほら、私の友だちだよ。あいさつして」

「はじめまして、アオイさんのお友だち。安藤レイナともうします」

「アハハ、それは昨日聞いたよ。私は渡辺未央、よろしくね」


 未央ちゃんはゆかいそうに笑った。

 レイナはちょっと変な子だとみんなに思われてしまっている。

 それも当然だ。型番だの自分の製作者だの、おまけにクラスメートに友だちになるよう無理やりにせまったりして。

 けれど未央ちゃんはおおらかで多少のことじゃ動じない子だから、きっと大丈夫。


「昨日からずっと気になってたんだけど。レイナちゃん、すごくキレイだよね」

「ありがとうございます。私をつくった人たちも喜ぶかと」


 ちょっとちょっと、そういうことを言っちゃダメだって。

 私は机の下でレイナの足をちょんと蹴った。レイナはきょとんとしている。


「お父さんかお母さんも金髪なの?」

「いいえ。昨日も申しましたとおり、私に両親はいません。私はアンドロ――」

「わーわーわー!!」


 なりふりかまわずレイナの口をふさぐ。

 レイナのプログラムっていったいぜんたい、どうなってんの?

 アンドロイドってバレちゃいけないって、お父さん言ってたくせに!

 未央ちゃんはあんまり気にしてないようで、クスクス笑っている。


「昨日転校してきたばっかりなのに、アオイちゃんとレイナちゃん、すっかり仲良しだね」

「仲良し……それは友だちと同義ですか?」

「同義……『おなじ』ってこと? だったらそうだと思うよ」

「アオイさんと私はすでに友だちだったのですね」


 レイナは心なしか顔をぱっとかがやかせているみたいだった。

 アンドロイドなのにきらきらした笑顔ができるなんて。

 私は目にかかりそうな前髪をくしゃくしゃってかきまわした。


「友だちっていうか、私はレイナの保護者だよ。ホ・ゴ・シャ!」

「保護者……子どもを保護する義務のある人。または親に代わる人、という意味ですね」

「そうだよ。レイナってば――」


 レイナってば、人間のことをなーんにも知らないんだから。

 そう言おうとして、私は言葉を口の中のツバごとぐびりと飲みこんだ。

 そんなことを言いだしたら、私まで変な子みたいじゃん。それはヤダ。


「とにかく、友だちっていうのは、『友だちになりましょう』『はいわかりました』ってなるのはあんまりないことなの。わかった?」

「むずかしいですね」

「レイナちゃん、大丈夫だよ。友だちなんてそのうちできるって」

「では未央さんはもう私の友だちですか?」

「うーん、まだクラスメートじゃない?」


 ……未央ちゃんて、おおらかだけど、物怖じしない子なんだよな。

 こんなこと言ったら嫌われちゃうかも? おこらせちゃうかも? そんな言葉だとしても、未央ちゃんは自分が正しいと思ったらズバッと言う。

 私はそんな未央ちゃんが好きだ。けれど、それをちょっとこわいって思っている子がいることも知っている。

 レイナはどっちだろう。『こわい』って感情を知らないし、へこたれないかな?


「では未央さんはどうすれば私の友だちになってくれますか?」


 レイナはひどくまじめに首をかしげた。


「んー、わかんないや」


 未央ちゃんもまた、首をかしげた。


「だって友だちって、気づいたらなってるものじゃない。ねえ、アオイちゃん」

「あー、まあ、うん、そうなんだけど……」


 そうなんだけど……レイナはそれじゃあ納得しないだろう。

 友だちのつくり方なんて人それぞれだ。

 この人それぞれって部分が、レイナにとってはすごくむずかしいのだと思う。

 さて、どうやってレイナに友だちのつくり方を教えようか。

 机のちょっとした傷を見つめてうんうん考える。


「――ねえ」

「わっ……」


 突然未央ちゃんでもレイナでもない声が上からふってきて、私はイスからころげ落ちそうになった。


「ごめん上原さん。びっくりさせた?」

「いや、ちょっと考えごと……。どうしたの? 宮部くん」


 私に声をかけてきたのは宮部くんだった。

 宮部くんが用事もないのに私に声をかけてきたことはない。


「今日の放課後、環境委員の当番があるけど大丈夫? ほら、昨日は安藤さんに学校の案内してたから、今日もいそがしいかと思って。俺一人でも大丈夫だけど、一応」

「あっ、今日って火曜日か」


 私たちが入っている環境委員には学年とクラスごとに当番がある。

 五年一組の当番は、毎週火曜日と金曜日、校庭の一角にある花だんの水やりと掃除だ。

 べつに大変な仕事ってわけじゃない。

 けれど花だんが意外と広くて、どこからか飛んできたゴミも落ちていて、全部の仕事を終わらせるまでけっこう時間がかかる仕事でもある。

 そんな仕事を宮部くん一人にさせるのは申しわけない。

 そう思って私が口を開こうとした時――


「幸孝くんっ! アタシが手伝おうかっ?」


 いきなりかん高い声がして、私は思わずまゆをひそめた。

 クラス一の目立ちたがり屋、金城莉鈴だ。

 いつもの話し声より、一オクターブ……いや、それ以上高い声で、宮部くんにじりじりとにじりよっている。

 いつも堂々としている宮部くんは金城莉鈴を前に少し引いている……気がする。


「いやいいよ。金城さん、委員じゃないし。それに、たくさん習い事してて大変って言ってなかったっけ?」

「えっ! 宮部くん、アタシがたくさん習い事してるの、知ってるんだ! うれしい!」


 知ってるもなにも、「アタシの家ってママが厳しくて~、ピアノとバレエ習ってて~、しかも塾まで行かされて大変なんだよね~」ってクラス中に聞こえるように言ってたじゃん。

 私は笑っているが困っているのがありありと伝わってくる宮部くんの表情を見て、あわてて二人の間にはさまった。


「金城さん、心配してくれてありがとう。でも委員会の仕事だから大丈夫だよ。確かに昨日はレイナの案内でいそがしかったかもだけど、ちゃんと参加するし」

「ふぅーーーん……そう。じゃ、いいや」


 明らかに金城莉鈴は不満そうに口をとがらせていた。

 しかしこれ以上話をするのはムダだと思ったのか、さっき宮部くんに声をかけた時よりずっと低い声で返事して、スタスタと自分の友だちたちのところへもどっていく。

 私は変に緊張してしまって、思わずフウとため息をついた。


「レイナ、今日一人で帰れる?」

「ご安心ください、アオイさん。自宅までの道のりは完ぺきにインプットされておりますので。なにせ私はアンドロ――もご」


 レイナが言い終わる前に手をのばして、私はレイナの口を無理やりにふさいだ。

 未央ちゃんはくすくす笑っている。宮部くんはぽかんとしている。


「――というわけで、大丈夫だから、宮部くんよろしくね」

「ああうん、こっちこそ」


 愛想よくにこりと笑って、宮部くんは自分の席にもどっていった。

 未央ちゃんはまだ笑っている。


「二人とも、なんだかいいコンビだね」

「ええー、違うよ、そんなんじゃない」

「コンビ……コンビネーションの略。組み合わせ、組み合わさったものという意味ですね」

「そうそう。いい組み合わせだよ」


 レイナは未央ちゃんの言葉を聞いて首をかしげた。


「それは友だちである、という意味ですか?」

「ちがう」


 私は間髪入れずそう答えた。

 だって私、レイナと友だちになる気なんてないもん。あくまでお父さんにほめてもらうためにレイナの面倒を見てるんだから。

 未央ちゃんはやっぱり笑いをこらえるように言った。


「いつかそうなるよ。たぶんね」

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