第二話 アンドロイドといっしょ
大人に見つかる前に学校をあとにして、私は安藤さんを連れて自分の家へと帰った。
家の前には軽自動車が停まっている。ドアに鍵をさしこんで回すと、手応えを感じない。
中からは女の人の怒った声が聞こえてきた。
「扉は施錠されていないと推測します」
「せじょー?」
「鍵がかかっていない、ということです。ご安心ください、命令されればすぐに警察に通報する機能がございますので」
「わー! そんなことしなくていいって!」
安藤さんの手を引いて無理やり家の中に引っ張りこむ。
当たり前だけど、家の中に入ると女の人の声がはっきりと聞こえるようになった。
「――だからアンタはバカなこと言ってないで、とっとと帰ってきなさいって言ってんの!」
リビングからそんな声が聞こえてくる。
安藤さんが勝手に通報しないよう、人さし指を口の前に持っていってシーッてやる。
わかっているんだかいないんだか、安藤さんはあいかわらずの無表情でうなずいた。
「だからそういう問題じゃなくって、アオちゃんがどんな気持ちですごしてるか――」
「おばさん」
「キャア――!」
後ろから声をかけると、声の主は天井をつきぬけるんじゃないかってくらいおどろいた。
あまりのおどろきっぷりにこっちまでビックリして、思わずあとずさる。
「あ、ア、アオちゃん! 帰ってたのね! 全然気付かなかった」
「こんにちは、真穂おばさん。電話、お父さんから?」
心臓に手をあてて、フウフウと呼吸をおちつかせているこの女の人は、
私のお父さんのお姉さんで、私の伯母にあたる人だ。
真穂おばさんは全然帰ってこないお父さんの代わりに、週に一回か二回うちにやってきて、ごはんを作り置いてくれる。
「おばさん、電話ちょっと貸してくれる?」
「ええ、はい、どうぞ」
私のとなりに立っているレイナを見て、「この子誰?」って顔をしながら、真穂おばさんは自分のスマートフォンを貸してくれた。
「もしもし、お父さん?」
『――アオイか?』
「うん」
お父さんの声を聞いたのは、なんだかずいぶん久しぶりな気がした。
お母さんが事故で死んじゃって、お父さんが仕事ばっかりになっちゃってから、いつ電話をしてもなかなかつながらなくて、いつの間にかお父さんに電話をかけることはなくなった。
時々スマホのメッセージアプリでやりとりはするけど、最近はそれもなくなった。
だって、私がどれだけ長い文を打っても、お父さんはあいづちみたいな返事しかくれなくて、むなしくなってやめちゃった。
『……五年になってどうだ?』
「べつに、ふつうだよ」
もうすぐ五月なのに、その質問、ちょっとおそくない?
私は久しぶりにお父さんと話せてうれしいはずなのに、イライラしてしょうがなかった。
『さっきAD017から報告があったよ。これからしばらく、彼女と暮らしてくれないか?』
「……うん。いいよ」
お父さんっていつも突然で、いつも説明が足りない。
そんなのもう慣れっこだ。私はなにも聞かずにうなずいた。
きっと私とレイナが暮らすことで、なにかの研究になるんだろう。
『AD017はそこにいるね? 電話をかわってくれ』
「いいよ。はい、レイナ。上原茂彦氏」
お父さんのことをいやみっぽくそう言うと、レイナは淡々とスマートフォンをにぎった。
「はい、AD017です。……はい。はい。受信いたしました。インストールします。はい。かしこまりました。失礼いたします」
ロボットみたいな――実際アンドロイドなんだけど――冷たい声でレイナはうなずいた。
ピッと通話終了ボタンをタップした瞬間、真穂おばさんが肩をいからせる。
「電話切っちゃったの!?」
「はい。会話が終了いたしましたので」
「……ちょっと待って、あなたがアンドロイドの、えーと、ADなんとか?」
真穂おばさんが困ったようにレイナを見つめる。
するとレイナがまたあのうるさい電子音を鳴らそうとしたように見えたので、私はあわててレイナの口をふさいだ。実際は口からあの音が出てくるわけじゃないと思うけど、とっさにそうしてしまった。レイナはそのまま動かなくなった。
「レイナ。この人はね、紺野真穂さん。上原茂彦のお姉さんで、私の伯母さん。レイナがアンドロイドだと知ってる人。だから報告しちゃだめ。わかった?」
「了承しました。はじめまして紺野真穂様」
「ハア……あのバカ弟はとんでもないものを造ったみたいね」
真穂おばさんは頭を抱えている。
お父さんが帰ってこなくなってから、真穂おばさんはいつもお父さんに怒っている。
「アオイ様。真穂様。先ほどの通信で、上原茂彦氏から今後のタスクについて受信しました。詳細をお話しします」
「……おばさん、タスクって?」
「仕事とか課題って意味よ」
レイナが使う言葉はちょっとむずかしい。機械みたいだ。……機械なんだけど。
そんなことを知ってか知らずか、レイナは一本調子で話し始めた。
「私、AD017改め安藤レイナは、人工知能のさらなる発展のために製造された、コミュニケーション特化型アンドロイドでございます。私は人間と対話・生活を行うことで、人間の感情を学習し、より人間に近い受け答えが可能になります。この度は上原アオイ様と生活をし、ともに学校生活を送ることで、より精度の高い知能を得ることができると判断されました」
私は真穂おばさんと顔を見合わせた。
長々となんか言ってるけど、全然わかんない。
「えー……つまり、レイナちゃんはアオちゃんと一緒に暮らして、人のことを勉強する……ということでいいのかしら?」
「有りていに言えば、そのような認識でよろしいかと」
「人間の感情……喜怒哀楽ってこと? 人工知能が感情をねえ……」
真穂おばさんはうんうんうなっている。
つまりお父さんは、見た目だけじゃなくて、考え方も人間みたいなアンドロイドを造りたいってことだ。でもそんなこと、本当にできるのかな。
今のレイナは、見た目は人間そっくり。ちょっと美少女すぎる気もするけど……。
けれど同級生の中で……いや、小学校全体を見ても、こんなしゃべり方をする人はいない。
今日だって、クラスの子全員からレイナは変な子だって思われたはずだ。
「あのねえ、アオちゃんはそれでいいの?」
ちょっと怒ったような、あきれたような、複雑な声色で真穂おばさんは私に目線をあわせた。
「いいよって言っちゃったし、一人だったのが二人に増えただけだし。大丈夫だよ」
「でもねえ……」
「あー、おばさん。そろそろ
真穂おばさんはスマートフォンをのぞきこんで、「いけない!」と声をあげた。
紺野優花ちゃんは真穂おばさんの娘。つまり私のいとこ。
紺野家はあと二人子どもがいる。おばさんだって忙しい身のはずなのに、いつも私を気にかけてくれている。私はそれが、なんだか申し訳なかった。
「じゃあ私、もう帰るけど、困ったことがあったらいつでも連絡してきていいからね!」
「うん。ありがとう」
「今日のご飯は冷蔵庫に入れてあるから! 足りなかったら冷凍庫のご飯も食べてね!」
「うん。大丈夫だよ」
真穂おばさんはあわただしく家を出て行った。
なんだかどっとつかれて、ソファの上に寝ころぶ。
そういえばレイナが寝る場所とかどうしよう。
……ああ、お母さんの部屋を使えばいいか。
お母さんが死んじゃってから、部屋はすっかり片付けられたけど、机とベッドとタンスだけ残っている。いつもはお父さんと同じ部屋で寝ていたけど、どっちかがカゼを引いた時とか、ケンカした時に、もう一つ部屋があると便利なのよって笑ってたっけ。
「アオイ様」
うとうとしかけた私の顔の上に、レイナの顔がおおいかぶさった。
近くで見るとますます美少女だ。人形みたい。
それにしてもこの顔の感じ……絶対どこかで見たことがあるんだよなあ。映画で見た海外の俳優さんとかかな。こんな金髪に青い目の日本人、私は見たことないし。
お父さん、もしかして本当にアニメを参考にした? まさかね。
「さっそくでございますが、アオイ様の現在の感情を教えてください」
「……自分で考えて学習するんじゃないの?」
「インプットされなければアウトプットは不可能です」
「これからはもっとカンタンに言って」
「かしこまりました。つまりですね……『これはテレビだよ』と最初に教えてもらわないと、これがテレビなのか、それともソファなのか、私にはわからないということです」
レイナはそう言って、私が寝転ぶソファと、その向かいのテレビをそれぞれ指さした。
そんなもんか、と思いながら起き上がる。
私はどうやって感情を学んだんだろう。
みんなどうやって感情を学んでるんだろ? よくわかんないや。
「それで、アオイ様。現在の感情は?」
「んー……」
私はレイナの顔をじっと見つめながら、うなった。
「『あきらめ』、かな」
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