第一話 どうしてこうなったかというと

 四月ももうすぐ終わるってころの、爽やかな陽気。

 私はその日、めずらしく目覚まし時計が鳴る前に目をさました。


『アオイちゃんへ。朝ごはんに食べてね。真穂まほ


 そんなメモが書かれたタッパーを開けると、卵焼きに焼きシャケに野菜炒めが入っている。お父さんのお姉さん、真穂おばさんが昨日作っておいてくれたんだ。


 お母さんが交通事故で死んじゃってから、お父さんは仕事仕事で家に帰ってこなくなっちゃって、私はいつもこの家に一人。

 そんな私を見かねて、隣の梢賀町しょうがちょうに住んでいる真穂おばさんが、週に一回は必ず久留隈町くるくまちょうのうちまでやって来る。

 私ももう小学五年生なんだし、大丈夫だよって言ったけど。おばさんは「子どもが何をエンリョしてるの!」って、全然聞いちゃくれなかった。

 朝ごはんを食べるのも、学校へ行くのも、いつも一人。


 教室についてあくびをしながら教科書を机の中にしまっていると、友達の渡辺未央わたなべみおちゃんが声をかけにやってきた。


「おはようアオイちゃん。ねえ、今日転校生が来るんだって」

「こんな時期に? 変なの」

「私、さっき職員室のそばを通ったんだけど、外国の子みたいだった」


 未央ちゃんがひそひそと私の耳にささやく。

 外国人かあ。最近じゃめずらしくなくなったけど、うちの学年には一人もいないっけ。

 転校生って行ったら、夏休みとか冬休みが終わったころに来るものだと思ってたけど、なにか事情があるのかな。

 まあ、外国人なんて目立つ子が来たら、目立ちたがりの金城莉鈴きんじょうりりんが放っとくわけない。私は今日一日、まともなあいさつだってさせてもらえないだろう。


「――はーい、みんな静かに」


 そんなことを考えていると、担任の先生がやってきた。

 その後ろを、未央ちゃんが言った通り金髪のきれいな女の子が歩いてくる。

 あんまりきれいなものだから、クラス全体が緊張してしんとなった。

 私は、「昔見てたプリマドンナ☆★スターフラワーの主人公に似てるなぁ」なんてバカみたいなことを考えていた。


「転校生を紹介します。あいさつして」


 先生にチョークを手渡された転校生は、黒板にカツカツと文字を書いた。

 まるで機械で印刷したかのような、キレイすぎる字だ。


「皆様、はじめまして。私の名前は安藤あんどうレイナという名前です」


 安藤。安藤だって? 思わずこめかみがぴくぴくと動く。

 先生は満足そうにうなずくと、私の席の方を見た。


「じゃあ安藤さん、席は後ろの――」

「ですが、安藤レイナという名前は皆様が呼称しやすいよう付与された名でございます。私の本来の型番はAD017。どうかお好きなようにお呼びください」


 クラス中が静かになった。みんな息ができないくらいびっくりしている。

 もしかして、この安藤レイナって子、ちょっと変な子なのかも。


「おほん。安藤さん、席は窓際の一番うしろです。困った時は前の席の上原かんばらさんに声をかけてね。上原さん、よろしく」


 ――げ。窓際の一番うしろの席……その前の席の『上原さん』は間違いなく私だ。

 五年になってからクラス替えがあって、担任の先生も変わって、みんなの名前を覚えたからってついこの前席替えがあった。一番はじっこの一番うしろだって喜んだ自分が今はうらめしい。


「よろしくお願いいたします。上原――」

「……上原アオイ。よろしくね、安藤サン」

「上原アオイ様ですね。よろしくお願いいたします」


 礼儀はすっごく正しいけど、ちょっと正しすぎる。この子、本当に同い年?

 休み時間になって、安藤さんの周りに恐る恐る人が集まり始めた。

 変な自己紹介でも、やっぱりみんな安藤さんのことが気になるらしい。

 その筆頭はやっぱりクラス一の目立ちたがり屋、金城莉鈴だった。


「ねえ安藤さん! お父さんかお母さんが外国の人なの?」

「私に生物学上両親と呼べる人間は存在しません」


 莉鈴もその友達たちも、カチンコチンにこおってしまった。


「しいてあげるなら製造者は複数名おり、その中でメインプロジェクトを立ち上げたのは国籍性別問わず五名の方々です。最高責任者は日本国籍の男性です」

「は……アハハ、安藤さんってちょっと変わってるね」

「それは当然かと。私、人間ではありませんので」


 前の席でこっそりと二人のやり取りを聞いていて、ツッコミたくなるのを必死でこらえる。

 安藤さん、ホントにそのキャラでいくつもり?

 そして私は、こんな安藤さんの面倒を見なくちゃいけないわけ?

 いや、そんな現実逃避をしている場合じゃない。

 ――認めなくちゃ。

 

 私、この変な子が何者なのか、心当たりがあるってこと。



◇ ◇ ◇



 結局安藤さんはその日一日でクラスメート全員から変な子だって思われたみたいだった。

 たった数時間学校で一緒に過ごしただけなのに、もう誰も安藤さんに近寄らない。

 遠くからこっちの方を見て、ひそひそ何かを言うだけ。


「……安藤さん、ちょっといい?」

「はい。なんでしょう上原アオイ様」

「校舎の案内するよ」

「ご心配なく。この久留隈くるくま小学校の校内地図はすでにインプットされております」

 空気読んでよー! 誰もいないところでちょっと話がしたいだけなんだから!

「とにかく行くよ!」


 私は安藤さんを無理やり引っ張って教室の外へ飛びだした。

 後ろからみんながこっちを見ている気がして、心臓が緊張でドキドキしている。

 けれど今はおかまいなしだ。

 私に手を引かれている間、安藤さんは何も言わず、だまって後ろをついてきていた。

 玄関でクツをはきかえて、校舎の裏へと回りこむ。


「ここにはなにもないと記憶していますが?」

「なにもないから連れてきたの。なにもないってことは、誰も来ないってこと」


 校舎の裏はうす暗くて、じめじめしていて、コケが生えていたり変な虫がいたり。だからここには誰も近づかない。ナイショ話をするにはうってつけだ。


「さて……安藤レイナさん? 自己紹介して?」

「自己紹介ならば本日午前八時三十八分に行いましたが?」

「いいから。もう一回やって。サン、ハイ」


 私がそうかけ声と一緒に手をパチンとたたくと、安藤さんは無表情のまま口を開いた。


「私の名前は安藤レイナといいます。ですが、安藤レイナという名前は皆様が呼称しやすいよう付与された名。本来の型番はAD017でございます。お好きなようにお呼びください」

「うん。親はいないんだっけ?」

「そのとおりです。私の製造にたずさわった人間は複数おりますが、メインプロジェクトの最高責任者は――」

「――上原茂彦かんばらしげひこ、でしょ」


 これまでずっと無表情だった安藤さんの顔が、おや、という表情に変わった。


「上原茂彦氏と上原アオイ様は血縁関係にあるのですか? 上原という名字は日本全国においておよそ十万人おり、校内に上原という名字の人間がいる可能性はおよそ――」

「あーあー、そういうのいいから」


 長々となにかを説明しようとするレイナの口をふさごうと手をのばしたけど、ヒョイとよけられてしまった。ムカつくなぁ。


「そうだよ、上原茂彦は私のお父さん」

「そうでしたか。最高責任者のご息女にお会いできるとは光栄の至りでございます」


 そう言って安藤さんはうやうやしくおじぎをした。

 そんな礼儀正しいしぐさに、私はハア~と大きなため息をつく。

 お父さん、となり町のロボット研究所にもはや住んでるみたいなもんだし。

 安藤さん、型番がどうのこうのって言いだすし。

 そもそも『安藤』って、私のお母さんの旧姓だし。


「これだけわかりやすい情報があったら、すぐにわかるよ。安藤さんが、お父さんの研究所で作られたアンドロイドだって――」


 私がそう言った瞬間。


 ビーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 突然大きな電子音があたりに鳴り響いて、私は思わず飛び上がった。


「なになになに!? なんの音!?」

「警告音でございます」

「警告ゥ!? サイレンってこと!?」


 やかましい音は数秒の後に止まった。

 けれど何時間もその音を聞いていたみたいに、耳がキーンとしている。


「なんでサイレン鳴らしたわけ!?」

「私の正体が世間に知られた場合、すみやかに本部に報告、帰還するよう求められています。これはいわば威嚇いかく。大きな音におどろいた人間は動けなくなるのを利用したのです。それでは私はこれにて失礼します」


 安藤さんはくるりと私に背を向けると、そのまま歩きだそうとした。


「待って!! とりあえず私んち行くよ!!」

「優先順位は本部への帰還です」


 スタスタと歩こうとする安藤さんの手首を両手でつかんでいるのに、あまりにも歩く力が強くて、私はほとんど安藤さんに引きずられていた。


「あーもう、本部の最高責任者のお父さんの娘の私の言うこと聞いてー!」

「一理あります。上原氏の自宅へ向かいます」


 ぴたりと止まった安藤さんの背中に、いきおいあまって顔面ごとつっこんだ。

 遠くから「さっきの音はなんだ!?」って大人の声が聞こえてくる。

 ヤバ――はやく安藤さんをうちに連れて行かなきゃ!

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