アンドロイドは私の友だち。

いちしちいち

プロローグ アンドロイドはやかましい

 ビーーーーーーーーーーーーッ!!!!


「うわああああっ!」


 突然のうるさい電子音に、私は飛び起きた。

 目の前には庶民的な部屋に似合わず、作り物みたいな金髪に青い瞳の美少女がこちらを見下ろしている。


「おはようございます。アオイ様」

「レイナ……いくら目覚まし時計にしたってうるさすぎ。ていうかその音どこから――」

「では明日からはこれくらいで」


 ピーーーーーーーーーーーーッ!!!!


「まだうるさい!」

「先ほどはこの音量で起きられなかったのですよ」


 レイナの言葉にぐうの音も出ない。

 しょうがないじゃん、朝は苦手なんだから……。


「さあ、朝食を作りましょうアオイ様」


 なんにも考えてなさそうな表情のない顔で、レイナはスタスタと私の部屋を出ていった。

 とにかくカーテンを開け、ため息をつきながら階段を下りてレイナの後を追う。


「最適な朝食のレシピを検索します」

「いいよ。テキトーにトーストとインスタントスープとかで」

「トーストのレシピを検索。五千百二十万件のヒット。精査します」

「……私がやるからレイナ座ってて」

「了解。座ります」

「地べたじゃなくてそこのイスに座って!」


 まったくレイナはゆうづうがきかないんだから……。

 冷蔵庫に入っていたパンを焼いている間に、電気ケトルでお湯をわかす。

 そうだ、ミニトマトのあまりもあったから食べちゃおう。

 それからマグカップにインスタントスープの粉を入れて、後は待つだけだ。

 レイナが出す電子音よりずっと静かな『ピッ』って音が鳴る。お湯がわいたんだ。

 トースターもチンと音を鳴らし、こんがり焼けたパンの匂いが台所にただよう。

 朝は嫌いだけど、朝ごはんのにおいはけっこう好きだ。


「はい、できたよ」

「ありがとうございます、アオイ様」

「……ねえ、本当に食べても大丈夫?」

「大丈夫でございます。私は高性能アンドロイドですので、体の内部に有機物分解エネルギー化機構を備えております」

「アー……つまり?」

「つまり、食べた物は体を動かすエネルギーに変えられます」


 それだけ聞くと、人間と変わらないって思う。

 人間だって、食べた物を胃袋で消化して、栄養をエネルギーに変えて動くんだから。

 でもレイナは――私のお父さんがつくった、アンドロイドなのだ。


「ハア……レイナが本当に高性能なアンドロイドって言うんなら、トーストの一枚くらい焼けるようになってよね」

「最適解を導き出す前にアオイ様が止められたので」

「五千百二十万もあるトーストのレシピを調べるなんて一生かかっても無理だよ」

「ですから私はアンドロイドですので一日あれば――」

「一日中調べ物してたらごはん食べられないじゃない」


 マーガリンを塗ったトーストにかぶりつく。

 たったこれだけのことを調べて実行するのに、アンドロイドはとてつもない時間を必要とするらしい。

 まったくお父さんったら、どうせよこすならもっとかしこいロボットをよこしてよね。


「トーストに塗布するマーガリンのグラム量を検索――」

「わー、バカバカ。遅刻する。貸して!」


 レイナったら、一時が万事こんな調子だ。

 向かいに座るレイナの手からひったくるようにトーストの皿を奪う。

 マーガリンを塗って戻してやると、レイナは皿を両手で持ってじっと見つめた。


「重量が三グラム上昇。トーストに塗布するマーガリンの最適量は三グラムですね」

「そんなの人によってちがうでしょうよ……早く食べなって」

「いただきます」


 レイナは機械みたいに――実際機械なんだけど――きれいに直線をえがくようにトーストをかじった。

 本当にこんな子とこれから二人で暮らしていかなきゃいけないんだな。

 一人の方がまだマシだったかも。

 だってレイナったら、アンドロイドのくせにすっごく手がかかる。

 アンドロイドなんて言うから、家のことをなんでもやってくれるかと思ったのに。


「アオイ様。登校時間まで残り十分三十六秒でございます」

「えっ、やばっ。まだ着がえてもないのに!」


 トーストをインスタントのコーンスープでいっきに流しこむと、私はあわてて二階の自分の部屋に駆けもどった。そういえばまだ顔も洗ってない。

 レイナめ、起こすならあと十分早く起こしてよね。

 着がえてランドセルを肩にかけると、またばたばたと階段をかけおりる。


「洗剤を入れすぎてしまった場合の対処法、検索――」

「わああああっ! なにやってんの!?」

「食器用洗剤の適量を検索していては登校時間に間に合わないと判断したため、こちらのボトルを一本すべて使ったところ、こうなりました」

「バカバカバカ、ほんとバカ! そこは検索してくれた方がましだった!」


 台所は泡まみれ。この前洗剤を入れかえたばかりだったから、結構な量の洗剤を使ったはずだ。白い泡が今にもシンクをつたって床に落ちそう。


「水止めて! こっち来て洗面所で手ェ洗って!」

「了解。蛇口をしめ、アオイ様の元へ向かった後、洗面所で手を洗います」


 レイナは言った通り洗面所へ歩いていった。

 朝から本当につかれた。

 私は皿の一枚も見えない泡だらけの台所を見ながら、帰ってきたら全部レイナにやらせようとたくらんだ。

 ……いや、レイナにやらせるともっとひどいことになっちゃうかな。それは困る。


「お待たせいたしましたアオイ様。登校の準備が完了しました」

「はあ……じゃあ行こうか」


 ようやくだ。私はようやく学校へ行くために玄関を出た。

 次いでレイナが家を出て、しっかりと扉に鍵をかける。


「あっ、そうだレイナ。そのアオイ『様』って言うのやめてタメ口にしてよ。同級生なのに様付けで呼ぶなんておかしいでしょ」

「タメ口を辞書で検索。年下の者が年上の者に対等な話し方をすること。確かに私の製造年月日は二ヶ月前のため、年下にあたります」

「そうそう。なんかちょっと思ってたのと違うけど、普通に喋ってよ。今の喋り方じゃ、みんなにアンドロイドってバレちゃうかもしれないんだから」

「――わかったぜ、アオイ!」


 小学校へ向かうために動かしていた足が、思わずびたりと止まった。


「……な、なにそれ」

「さっき検索に時間がかかりすぎだって言われたから、検索して一番上に出てきた例文をマネしてみたんだぜ! これで合ってるかよ!」

「ごめん。レイナ、話し方はさっきのまま。『様』を『さん』にして」

「了解しました。アオイさん」

「ハア……」


 今みたいな調子で、本当に大丈夫だろうか。

 不安だ。とてつもなく不安。私の学校生活、これからどうなっちゃうんだろう。

 こんな変な子を説明もなしに放り出すなんて、本当お父さんってどうかしてる!

 ――私の生活は、昨日からすっかりおかしくなってしまったんだ。

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