第2話

 コン、コン。


 ユミの部屋と同じく無機質な部屋にいたナオリは、突然のユミの来訪に驚いた。


「ちょっと話があるの。きて……」


 ナオリはユミの表情に何かを察したが、黙ってユミの言う通りに部屋を出た。


──多くの仲間の墓標が立ち並んだ崖の上で、ユミはナオリに妊娠したことを明かした。


「ほんとに!? やった! 俺たちでも子供は作れるんだ!」


 喜ぶナオリをよそに、ユミの表情は次第に影が濃くなっていった。


「どうした? なにか他に心配事でもあったの?」


 すると、ユミは顔をうつむけると静かに呟いた。


「──次の出撃命令・・・・、あたしが出ることになった……」


「え……?」


 それまで笑みを浮かべていたナオリの顔が、彼女の言葉で明るさをなくした。


 ユミは耐えきれなくなったように、ぽろぽろと涙を地面に落とした。


「……なんであたし、泣いてるんだろ。やっと……世界を救える日がきたってのにな……」


 ユミはお腹のほうにそっと手をのせると、のせた手の上にユミの涙がぽつぽつと落ち、服に次々と染みを作った。


「……せめて、この子を産んでから死にたい……」


 ナオリはユミに近づくと、彼女をそっと抱きしめた。


 ナオリの胸の中でユミは泣き続けた。


 沈みかけた夕陽の光がしばらくの間、海と二人を照らした。


 * * *


 島の南方にある軍の施設内では、軍関係者たちが集まり、ユミの戦死と打ち倒した敵の巨大怪獣に関する報告会議を開いていた。


 会議の様子を窓越しに眺めていた無精ぶしょうヒゲの男は、死んだような目で缶コーヒーを強く握りしめた。


「ゴミムシどもが……」


 無精ぶしょうヒゲの男のつぶやきを偶然耳にした眼鏡の青年はビクッと震えた。彼が手にしていた紙コップの中に入っていたカフェラテがその瞬間、大きく揺れ、こぼれかけた。


 眼鏡の青年は小さな声で彼に言った。


〈き、聞こえちゃいますよ! いくら防音窓とはいえ、彼らは相手の口の動きだけでも話の内容が読める訓練を受けてるんですから〉


 無精ヒゲの男は缶コーヒーを勢いよく飲み干すと、ゴミ箱へ思いきり投げ捨てた。


「……あいつら、とんでもねぇ奴らだ。ユミが妊娠したことを事前に知ってたんだ。それを世間に知られる前にあいつらは、本来予定されていなかったユミの出撃命令を前倒しにしてまで彼女を消した!」


「それは強引な考えじゃないですか? それにもし仮に怪獣の子供たちが人間まがいの行為で子供を身籠ったとしましょう。でも結局の所、彼らから生まれてくるのはただの兵器なんです。軍にとっては生産コストも安くなって喜ばしいことじゃないですか」


 そう言って、眼鏡の青年は爽やかな顔で笑った。


「おれは見たんだ。あいつらの機密資料にアクセスして、怪獣の子供たちがもし、自分たちの子供を作ったらどうなるか、あいつらは実験してとっくに知ってたんだよ!」


 無精ヒゲの男は眼鏡の青年に詰め寄った。


「な? おまえに一つ聞くが、怪獣の子供たちが人間と同じ方法で妊娠したら、なにが生まれると思う?」


「それはさっきも言ったでしょ? ただの兵器に決まってるじゃないですか」


 無精ヒゲの男は眼鏡の青年の顔をじっと見つめた。


「……違う。ただの人間・・・・だ」


「え……?」


「怪獣に変身する遺伝子も、特殊能力も、何一つ持たない。ごく普通の人間だ」


 眼鏡の青年の顔はみるみるうちに青く染まった。


「……ぐ、軍の機密情報を盗み見するなんて……あなた何してるかわかってます? 重大な罪ですよ! その情報を知ってることが軍にばれたら私たちは記者をクビになるどころか、本当に首を吊るされますよ?!」


「その覚悟で記者やってんだ!」


 ドンッ!──と、無精ヒゲの男は壁を強く叩いた。音に反応した軍関係者たちがちらっと記者たちのほうを睨む。


 眼鏡の青年は軍関係者たちに向けて、ぎこちない笑顔を作り、その場を誤魔化した。


〈私はなにも聞いてませんからね!〉


 眼鏡の青年は無精ヒゲの男に耳打ちしたのち、部屋から立ち去った。


 静寂な空気に包まれた部屋のなかで、無精ヒゲの男はぽつりと呟いた。


「“怪獣の子供たち”、か。『怪獣』とは、一体どっちのことなんだろうな」

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