エンドレスドッグデイズ2
津多 時ロウ
エンドレスドッグデイズ2
【前書】
今回も勢いで書いた。無論、反省も後悔もしていない。
【本文】
今年もあの季節がやってきた。
体にストーカーのようにまとわりつく湿気と、容赦なくお肌の老化を促進する煉獄の太陽。
だが、そんなことはあの記憶を盛り立てるための舞台装置に過ぎない。
そう、それはあいつと邂逅を果たしたときの記憶。
どこから話そうか。
あの忌まわしき白昼夢を。
*
「今年こそ、健康的に日焼けをして
あのときの俺はどうにかしていたのだ。冷静になって考えてもみろ。モテる秘訣はこんがりとしたお肌じゃない。ぷるるんお肌だ。うるつやお肌だ。シミ抜きレーザーのいらない綺麗なお肌なのだ。その証拠にテレビでもてはやされている男性タレントの多くがとても同性とは思えないような、実に良いお肌をしているではないか。
だが、愚かにもこのときの俺は、狭いアパートの一室でお手軽日焼け大作戦を実行していたのだ。
お手軽日焼け大作戦がどんなものか教えて欲しいだと?
ちょっと頭を使って考えてみろ。そんなこと簡単に分かるだろ?
……まずはパンツ一丁になるんだ。不意の襲撃に備えるなら水着がベターな選択肢だが、
そして次が重要だ。
……そうだ、お日様が差し込む場所を見つけるんだ。これがなければこの作戦そのものが成り立たない。よく分かってるじゃないか。安アパートには午前中の限られた時間しか夏の
無かったらしょうがない、近所の公園にでも行くしかないな。
命の保証と警察を呼ばれない保証は出来ないがな。
準備が出来たら、あとはお日様の中に飛び込んで日向ぼっこを敢行すればいい。それだけだ。簡単だろう?
さて、そんな秘密の作戦を実行して、俺のたるんだ体に徐々に焼き目を付けていたときのことだ。窓に体を向けてお腹の辺りを日焼けさせていたんだが、ちょっとウトウトとしてしまってな、そのとき後ろから音が聞こえてきた。
「ぴちょん、ぴちょん」
ああ、蛇口を閉めるのが緩かったのかな、と思って振り向こうとしたのだが、どうにも体が動かない。
「むき。むきむきむき」
何とか体を動かそうともがいている内に、また別の音が聞こえてきた。明らかに蛇口から出ないその音に、さては知らぬ間に何者かが侵入したのだと俺は背筋を凍らせる。
「むきむき。ぴちょん」
ああ、怖い怖い。助けて神様仏様。悪霊退散悪霊退散。人の気配もはっきりと感じられ、俺はすっかりと恐怖で支配された。それこそ全身の鳥肌がおさまらない。
「むき、ぽとり。むきむき、ぽとり」
そうか、思い出したぞ。これはきっと金縛りで、さっきから鳴っているのはラップ音というやつだ。音のする方を見れば幽霊がいるという恐ろしい怪奇現象だ。うう、嫌だなあ。後ろに幽霊がいるのか、怖いなあ。
「むきむき、ぴちょん。むきむき、ぽとり」
ていうか、さっきからこのラップ音なんだよ。ぴちょんとかポトリは分かるけど、むきむきってなんだよ。なんの音だよ。
「はあい!」
うわ! こっわ! むっちゃ大きい声出すやん。なにこの
「ふーーー。……むうん! ドクドクドク、ぽとり」
「キれてる! キれてるよ! 兄さん!」
いやいやいやいやいやいやいやいや。
ちょっと待って。
幽霊、二人いるの? 兄弟なの?
大きい声出す方がむきむきとか音出してるの?
キれてるってなに?
ちょっと待ってちょっと待って。
ちょっと落ち着かせて?
ね? 頼むから落ち着かせて?
情報多すぎだから。ね?
「ぬーん! むきむき、むき、むきむき」
いや、だから落ち着かせろって!
「よ! 人間乳酸工場!」
人間乳酸工場って何なの!?
これは、きっとあれだな。浮かばれないマッチョの兄弟が俺の部屋に迷い込んじゃったパターンだな。ただでさえクソ暑いにも関わらず、想像するだけで暑苦しいことこの上ないじゃないか。この部屋だけ不快指数が神の領域に達していることは疑いようもない。
……よし、決めた。もういいもんね。こうなったら意地でも後ろを向いて、二人に文句を言ってやる! 決めた! 決めたからな! 覚悟しろよ! この部屋から駆逐してやる! マッチョを!
「はあい! ふーーー……。むうん! ニッコリ」
よーし、一、二の三で振りむいちゃうぞ。
「いいよ、いいよいいよ、ヤクルト効いてる!」
いーち、にーの、
「はあい!」
さーん!
……よし! 動いたぞ!
さんざん音のした方を見ると、そこには赤と青のパンツを
俺は叫ぶ。
相手が幽霊であるかどうかなど関係あるものか。
「ヤクルトじゃねーよ!」
「はあい!」
「いい返事だな!」
俺の暑い夏は終わらない。
エンドレスドッグデイズ2 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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