三 発動

「…!? ……もしもし、ママ?」


 今度は城のスマホが大きな音で鳴り、驚いた顔で彼女はその電話に出る。


「……え!? パパの会社が破産した!? わたし達も夜逃げするってどういうことよ! それにもう家には戻るなって……学校はどうなるの!?」


 それは、彼女の家からのもののようだった……どうやら父親の経営していた会社が潰れ、借金取りから逃れるために夜逃げをすることとなったらしい。


「ねえ、ちゃんと説明してよ……もしもしママ? ママどうしたの!?」


 その上、借金取りにでも見つかったのか電話は突然途切れ、城は真っ蒼い顔でスマホに叫んでいる。


「ほおう。一家全員に〝呪い〟がかかったか。こりゃまた強力だな……ま、さしずめこのまま貧困に苦しんだ挙句、精神を病んだ父親に無理心中の道連れにされる…って筋書きかな?」


 完全に血の気の失せた顔の城を斜目に眺めながら、まるで他人事のように涼香はそう告げる。


「…!? あ、あたし……?」


 その衝撃冷めやらぬ中、続いて鳴ったのは木屋のスマホだった。だが、今度は電話ではなく、SNSのメッセージ着信らしい。


「……ゲッ! ……ヤバイ……これ、ガチでヤバイよ……」


 そのメッセージを確認した木屋もみるみる表情を強張らせ、さらにはガタガタと身体まで震え始める。


「お、おい、どうしたんだよ?」


「ぎゃ、ギャル友からなんだけどさ……あたしの浮気がバレて、カレシがあたし殺そうと今こっち向かってるって……あいつ、半グレのマジでヤバイやつだから、本気であたし殺すつもりだよ……わ、悪いけど、あたし、しばらく姿消すわ」


 尋ねる房総に震える瞳でそう答えた木屋は、二人をその場に残して教室から走り出て行ってしまう。


「そのまま永遠に姿消すパターンだな。ドラム缶で海の底か、あるいは山奥の土の中か……」


 慌てて木屋の出て行った入口をまたも他人事のように眺める涼香だが、すると今度はスマホではなく、ブルン、ブルン…! とバイクの爆音が屋外から聞こえてきた。


「ん?」


「な、なんだ……?」


 これには涼香も少々驚き、唖然としている房総とともに窓へ近づくと、かかっているカーテンの隙間から外を眺めてみる。


「なっ……!?」


 すると、眼下の校庭には十台以上の改造バイクが縦横無尽に走り回り、その上には特攻服を着たケバい女子達が木刀を持って跨っていた。


「おいコラぁーっ! 房総礼仁いっかあーっ! うちのメンバーよくも可愛がってくれたなあーっ! 御礼詣りに来てやったからちょっとツラ貸しなーっ!」


 さらにはその中のリーダー格と思しき少女が、マフラーを蒸しながら大声でそんなことも叫び散らしている。


「なんか呼んでるよ、房総さん……敵対してるチームとかいうやつ?」


「い、いや……ちょっと生意気だったからケンカになって、一人、のやつをシメたことはあったけど……」


 この場には相応しくない調子で涼香が尋ねると、顔面蒼白になっている房総は譫言うわごとのようにそう呟く。


「あ、じゃあ、人違いじゃないんだね……はーい! 房総礼仁はここにいますよー! 逃げも隠れもしないんでここまで来てくださーい!」


 ところが、それを聞いた涼香は何を考えているのか、不意に窓ガラスを開けて族達に思いっきり叫ぶ。


「そこにいたかーっ! いい度胸じゃねーかっ! 今から行ってやっからちょっと待ってろーっ!」


「ば、バカ野郎! 何してくれてんだよ!? 城、悪ぃ! あたしもばっくれるわ!」


 その声に応え、再び叫ぶと一斉に校舎へ向かってくる族の一団を見た房総は、木屋と同じく城を残してその場から逃げ去ってしまう。


「こっちは集団暴行の末、傷害致死コースだな……しっかし、昨今稀にみるレディースを呼び寄せるとは。あたいの〝呪い〟も時空を超えるまでになったか……」


「な、なんなのあんた……いったい、なんなのよ?」


 走り去る房総の後姿を見送り、相変わらずの他人事に怖いことを言っている涼香に対して、呆然とその場にへたり込んでいた城が絶望感に満ちた声でそう尋ねる。


「あたい? あたいはただの〝呪い師〟だよ。てめえらが自殺に追い込んだ音無良子おとなしりょうこの両親から依頼されて、その落とし前をつけさせに来てやったのさ。ああ、別にてめらだけを責める気はないよ? あたいもいじめを苦に自殺すると各マスコミに遺書送っとくから、隠蔽した学校や教育委員会も平等に道連れだ」


 その質問に、凍てつくような冷たい眼で城を見下ろした涼香は、淡々とした起伏のない口調で平然とそう答えた。


「校長と教頭、あと担任教師には懲戒免職の末にストレスで首吊りまでいってほしいんだけど……消極的ながら、いじめに関与したクラスの他のやつらもまあそれ相応の報いを受けるだろうね。さ、そんなわけなんであたいも面倒になる前にここらでお暇するわ。無理心中でも、なるべく痛くない方法でぶっ殺されること祈ってるよ」


 そして、ブラックなジョークを最後に言い残すと、放心状態の城だけを独り置き去りにして、彼女も空き教室を何事もなかったかのように後にしてゆく……。


「……なんで……なんでわたしがこんな目に……」


 静寂に包まれる空き教室、いまだ反省の色を見せない城紗奈だけが、まるで廃人にでもなったかのように呆然とその場に佇んでいた──。


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