16話『銀と金』前編



 「それで、俺に何の用でしょうか。陛下の伝言とは……?」


 豪奢な広間の中心。

 その少しばかり離れた、むしろ扉に近い場所でアドニスは静かに声を漏らす。


 目の前、中央の豪奢な椅子には皇帝――ではなく、彼の側近の見目麗しい2人の青年が座っていた。

 昨日の二人とは別人。

 名も知らないし、面倒なので、銀髪と、金髪と表そう。


 銀髪は、アドニスの前で隠すことなく綺麗な顔を歪ませる。

 その目は心底此方を見下しているモノだ。

 冷たい声が響く。


 「――……アドニス。我々は陛下直々の言葉を賜りました。陛下直々の使いです」

 不機嫌そうな銀髪。

 「我々の言葉は陛下の言葉。ソレをゆめゆめお忘れないように」

 溜息交じりの金髪。


 ――ため息を付きたいのは此方である。アドニスは心で小さく息を付いた。

 『皇帝がお呼びだ』上司から、そう連絡が来て。慌てて駆け付ければ、待っていたのはこの2人だけ。


 昨日のように、モニターも無い。皇帝が待っていたが怒って帰った。――とか、そう言う事じゃない。

 彼らは皇帝からの伝言を承っただけ、皇帝の代わりに伝えるべくやって来た所謂メッセンジャー。


 それも、自分の都合一つで、訪れて人を引っ掻き回すトラブルメイカーでもある。


 彼らが承ける伝言は皇帝の物と言っても、マリオに伝えれば良いほどの簡単な物なのだ。

 態々こうして、アドニスが慌てて出向く必要も本当は無いのである。

 上司マリオも最初から伝えればよい物を。目の前の二人に脅されたのだろうが。


 というか、2人は何故態々アドニスを呼んだのか。大概は、ただの遊びである。だから、名称トラブルメイカー。

 ――……溜息しか出ない。

 そんなアドニスに気が付く様子もなく、2人は口を開いた。


 「そもそも、陛下はお忙しいのです。連続で小僧一人に時間を割くお人ではない」

 金髪が言う。

 「我々が、あえて名指ししたのです。そう、命じられたのです。感謝しなさい」

 銀髪が言う。


 皇帝の愛人だか、側近だか知らないが、やはりいい迷惑である。

 賛美とかクレームならマリオに伝えてくれ。面倒だから。

 アドニスは無言のまま、それ以上は何も言わない。

 ――いや、気になる言葉があった。顔を上げる。


 「……命じられた――?」


 それは確かに銀髪が言った言葉だ。

 まるで自分に必ず会う様、皇帝から命じられたようじゃないか。

 2人は眉を顰める。

 顰めたまま、不機嫌なまま、まるで機械のように口を開いた。


 「――皇帝陛下からの伝言です」

 銀髪。


 ここからは「メッセンジャー」なのだろう。アドニスも再び口を閉ざす。


 続いて金髪が口を開く。

 「“ご苦労であった、アドニス。見事な手際。実に面白かった”」


 これは、間違いなく皇帝の言葉。

 皇帝を意識しているのか、前に立つ2人は自信に満ちた表情を浮かべている。

 ただ、アドニスは別に賛美は興味ない。目を閉じて言葉を軽く聞き流す。

 

 「“ゲーム開始前に遊べと許したが、まさか、その日にジョセフ息子を狙おうとは思いもしていなかった”」

 銀髪。


 此方にはさすがに、僅かな笑み。

 アレだけの情報を流しておいて、よく言うと。


 次は金髪。

 「“――いや、影武者と本物を二人同時に殺すとは、想像だにしなかった。貴様が狙うなら、1人と思っていた”」

 「――!」


 思わず、息を呑む。

 まるでアドニスの癖を知っているかのような言葉。


 銀髪はニヤリと皇帝を真似る。

 「“驚いたか?――お前の悪癖は嫌でも目に付くぞ”」


 眉を顰めた。

 どうやら自分の悪癖は、周りからも当たり前に気付かれるほどの癖であったようだ。


 特に皇帝は自身が下した任務内容は終わりまで、欠かさずチェックすると言う。

 そんな彼ならば、アドニスの癖など気がついても可笑しくはないだろう。

 これには苦笑も浮かべる事が出来ない。


 続いて金髪が言う。

 「“その悪癖は、余は別に良い。理解は出来ぬ、しかし唯一お前らしい行動だ”」


 すぐさま、続けるように銀髪。

 「“しかし、此度はそれ以上。に、面白かった。想像以上の活躍だ”」


 機嫌よく、まるで皇帝を真似するかのように、2人がそろって笑う。

 笑い声が広間に響いて、数秒。2人はまた無表情へと変わった。


 「“何があったかは、またじかに聞かせて貰おう”」

 金髪。慣れてきたが、次は銀髪だ。2人は器用に交互に話すのだから。


 その二人を前にアドニスは僅かに目を細めた。

 自分の癖は皇帝に無抜かれていた事。そしてそれを皇帝は、は面白いと見逃していた事。


 この2つの事実に愕然とするしかない。

 皇帝の考えが、理解できないからこそ眉を顰める。


 そんなアドニスを前に、2人は笑うのを止めた。

 止めて、お言葉やらを続ける。


 「“褒美を取らす”」

 「“貴様も、気になっていることがあろう”」

 「“今、目の前の二人にはある程度の事を答えられる様に仕込んでおいた”」


 ここで、2人は言葉を止め。


 「「“”さあ“”」」


 と、真っすぐにアドニスを見て、2人そろって言葉を紡ぐのだ。


 「「““――思う存分に、疑問を問うが良い”“」」


   ◇


 実に高らかとした宣言。

 アドニスは僅かに目を閉じる。

 この2人が、態々自分を名指しした理由。ここでようやく理解した。

 為だったのか。


 だと言うのなら、遠慮なく問わせてもらおう。

 と言っても、アドニスにとって問いかけたい物は2つだけであるが。

 疑問に思っていることが、2つだけ。と言う事じゃない。

 2つで十分――と判断して疑問に思っていることを口にする。


 「なら、問います」


 無言の2つの視線がアドニスに向かう。

 冷たい目、それでも臆すことは無い。

 目を開き、逸らすことなく見据え、口にする。


 「まず、一つ。――……なぜジョセフ殿下の死を公表したのですか?」


 1つ。それはジョセフの死を公表した事だ。

 昨晩皇帝の遊びはあったものの、暗殺に成功すれば『世界』が隠すモノばかりだと考えていた。

 だって、皇帝の考えは「ゲーム参加者の暗殺」。


 「玉座を譲ると言ったが、本心は更々譲る気ないので秘密裏に狩人を放った」――これが、彼の真意だと。


 だが現実は違う。『世界』はジョセフの死をあっさりと公表した。

 やんわりと隠してはいたものの、隠しきれてない。

 この時期にジョセフが死んだなんて「暗殺されました」と公表しているようなものだ。――それは、おかしい。


 この問いに、2人は何も答えない。

 質問は先に全て言えと言う事か。アドニスは続けた。


 「――2つめに……何のために、ジョセフ皇子の取り巻き側近を殺したのですか?」


 次に2つめ。

 それは、昨晩自分が仕事を終えてから起こった事実。


 今朝の新聞を見て、すぐ様に頭に浮かんだ事実だ。

 「ジョセフ邸で火災、全員死亡」――この事件は明らかに人為的だ。

 

 事故なんて大嘘。

 どう考えても、『組織』の手によるものである。


 いや、ジョセフと言う男に付いた時点で。皇子が父の玉座を狙った時点で、彼らも裏切り者と言えば裏切り者だ。後始末として、殺されても文句は言えまい。

 しかし、こんなに始末は愚策。


 相手は一応「貴族」と呼ばれている連中で。中には投資家もいただろう。国に大金を落とすと言われている連中を態々減らすなど。

 いや、それ以上に。そもそも、これでは、まるで、最初から殺すために『組織』の人間が配置されていたみたいだ。


 2つの問いを答え終わる。

 少しの間、漸く2人は動いた。


 「その2つの問い。どちらとも聞かれたら、こう答えろと言われています」

 銀髪が口を開く。

 また、続けて金髪。



 「――……“お前はどう思うか”」



 返された問いに。アドニスは僅かに唇を噛みしめた。

 

 どう思うか?だと。

 まさか、答えを問われるなんて。


 ――いや、あの皇帝ならしそうなことだ。


 「質問があるなら」と問いかけておきながら、此方が答えを出すまでは答えない。

 答えを欲する前に、自身の答えを口にしろ。との事らしい。

 アドニスは再度目を閉じる。


 悩まずとも良い。

 質問をしたものの本当の所。

 アドニスの答えは、もう出ているのだから。

 目を開け、答える。


 「――……宣告と、警告」


 金と銀の二人が、僅かに目を細める。

 その様子に気が付きながらも、続けた。



 「『ゲーム参加者』であるジョセフ殿下を殺し。その上で、わざわざ彼の死を公表したのは。他のゲーム参加者への宣告と俺は思っています。お前達にはそう簡単に玉座は譲らない。――と。ゲームはもう、と。」



 ――そう、コレは皇帝からの『ゲーム参加者』へのメッセージ。


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