10話『一夜が明けて』
ジョゼフ皇子襲撃から一夜明け。
アドニスは『組織』に訪れていた。
『組織』の研究施設。
『世界』の為にありとあらゆる兵器造る開発部門。その窓口。
アドニスは、その机の上に、ケースを乱暴に投げ置いた。
「――壊れた。脆い」
一言。
ケースの中には、組み立て式の狙撃銃。バレルの部分が、見事なまでに壊れ切っている。
コレを見て、顔を見事なまでに引き攣らかしているのは、眼鏡で白衣のそばかすの少女にも見える少年。ぼさぼさ頭のショートの水色の頭を掻いて、翠の瞳に憎しみを込めてアドニスを睨んでいた。
名前はカエル。
『組織』の開発部門の最年少科学者であり、この狙撃銃を作った張本人で、アドニスのナイフを作ったのも彼だ。
ついでに偽名である。頭を掻きながら、カエルは口を開いた。
「あのさ、え?壊した?」
「壊れた。脆い」
まるで「ありえない」と言わんばかりの問いに、もう一度、容赦なく切り捨てる。
カエルの手がわなわな震え始めた。
ばんと机をたたくのは、数秒経ってからだ。
「ばっかじゃないの!?はぁ!!『壊した』の間違いだろ!!勝手に壊れるはずないだろう!!」
――もっともである。
だが、アドニスは無表情だ。そして溜息。
「標的を撃った時に壊れた」
「どんな標的だったんだよ!!玉詰まりって壊れ方でもないぞ!!」
「撃ったら壊れたと言っているだろう」
「だから!どんな撃ち方をしたんだよ!!!!」
「――立て続け連続3発撃った」
「………はぁ!?」
今日一番の怒号である。
再度、ばんっと、机をたたく音。
「どんな使い方だよ!!」
「――お前、言っていただろ。連続で撃てるって。劣悪品を押し付けるな」
「2発までな!!連続つっても2発までだかんな!!!!言ったよね!?」
ギャーギャーとうるさくなる。カエル。アドニスは視線を逸らす。
良いから早く新しい銃を渡してほしい。まさにそんな顔で。
「君ね!僕がどれだけ苦労してコレを作ったと思っているの!子供でも使える組み立て式で、もち運びにも便利!そりゃ、重量はあるけど……。狙撃銃で、立て続け連続弾が出るよう、に出来るまで、どんな苦労があったか!!」
まるで嫌見たらしく、所々を強調してカエルは怒鳴る。
アドニスはそっぽを向いた。
「――しらん。軽すぎる。脆い。飛距離も短い。そもそも3発装填に出来るようにしたのが悪い。……それから新しいナイフも寄こせ。壊れた」
悪びれる様子もなく、懐から壊れたナイフを投げ捨てる。
壊れたから壊れたのだ、仕方が無い。まさに、そう言う様に。
「はぁ!??――って、ナイフって何!?ええ!!どうやって壊しんたんだよ!お前はよお!!」
ここからはカエルのムキになった、一方的なお説教の始まりだ。
ナイフも、狙撃銃も、ある意味壊したのはとある女だが。
これ以上は、煩いので黙っていることにした。
目の前の男とは長い付き合い。幼馴染なのだ。
体力ない癖に騒ぎ立てて、直ぐに疲れて黙るのが分かっているから。
「はぁ。はぁ。……もういいよ!」
ほら。
カエルはゼエゼエ肩で息をしながら、そのまま奥の戸棚へ。
新しいケースと、ナイフを手に戻って来た。
「で、使い心地は?3発撃ったんだろ?どうだったか教えてくれる?」
カエルには早くも切り替えていた。
もう既に怒りは無いらしく、壊れた狙撃銃を手に問う。
「狙撃するたびに威力が下がる。2キロ……。いや1.5キロあたりから撃ったが、3発目はギリギリ人の頭を貫通する威力だったな」
―― 一発目を余裕で耐えきった化け物が居るけど。ソレは言わない。
カエルは舌打ちを一つ。「やっぱりか」なんて零している。
「
不服そうに眉を寄せるカエル。
アドニスは目を逸らす。
「あとは特に不便はない。これでいいか」
この銃を使用して、思いついた事は他にはない。後は普通の銃だった。これ以上話すことも無い。
凡人が使えば、身体が支えきれない反動が襲い。そもそも、持ち上げるのも困難なのだが。
アドニスが気付くことは一生ないだろう。
もう用は済んだと言わんばかりにケースを取る。
カエルが訝しげに息を付いたのは、その時だ。
「いや、やっぱ意味わかんないわ」
「――?」
あまりにもカエルが、理解できないと言う声を漏らすモノだから、去ろうとした足を止めた。
顔を上げれば翠の瞳がまじまじと此方を見ている。
「これさ、君だよね」
そう言って、カエルが差し出してきたのは新聞だ。
でかでかと、新聞を飾るのは。当たり前か。
ゲーバルド・ジョセフ・ゴーダンが死んだと言う記事。
昨夜未明、ジョセフ皇子の自宅から火災。その場にいた全員が死亡なんて嘘で任せがデカデカと乗っている。
アドニスは僅かに眉を顰めた。
いや、ジョセフが死んだことじゃない、ジョセフが事故死に見せかけられたことも違う。別の理由で、だ。
何せアドニスは今日初めて『ジョセフ邸の事故』を知ったのだから。
机に置かれた新聞を手に取り、読む。
「あの弱虫皇子をさ、この銃で撃った。ソレはこの銃を見て嫌でも察しがついたよ。――でも、なんで3発も撃ったの?」
「……」
続けざまに、カエルの問いが掛けられたのはアドニスが新聞に眼を落したのと同時の時。
だが、その言葉の意味が分からず。新聞から目を逸らさないまま、小さく首を傾げる。
当たり前だ。何処に自分がやったと胸を張る暗殺者が居る。職場の同僚でも、幼馴染でも関係ない。
「任務だ。極秘だ。なんていうなよ」
とぼけようと、答えを返す前に遮られる。カエルの長い指は新聞を指した。
示された記事に書かれているのは。
「皇子の隣には区別のつかない遺体が存在。額に銃創。もしや、影武者か」
アドニスは溜息を付いた。
カエルは馬鹿じゃない。
新聞を見るに、ジョセフの死因は妙に曖昧でぼやかされているのだ。まるで隠蔽されたみたいに。
だのに影武者の方は、その存在も死因も、こうも堂々と記されている。
此処でアドニスが当たり前に壊れた銃を持ってきて「3発撃って壊れた」なんて言えば察しがついて当たり前。
隠ぺいするなら、もう少しどうにかして欲しい物だ。だから、これは事実を肯定するしかない。
「見ての通りだ。標的が二人いて見分けがつかなかった。コレだけだ。お前、これ以上詮索するなら……」
「それが、おかしいんだよ」
「――は?」
「だって、アドニスって。こんな
アドニスの言葉を、カエルはさも当たり前のように否定した。
幼馴染で、腹立たしくも自分の事を良く知る旧友の言葉だが、理解できず、声を漏らす。カエルは続ける。
「お前は、自ら困難をえらぶでしょ。――なにやっても出来ちゃうから」
「――?」
ここで、溜息を一つ。
白衣に隠れた手を此方に向ける。
「皇子が二人いた?だったら君は、影武者だろうが本物だろうが、どちらか
「……」
つまりさ、と。カエルは言う。
「守りを強固にしてからもう一度襲う方が楽しいと。それぐらい無いと、つまらない。コレが君の何時もの手段じゃないか――!」
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