11話『ゆえに、彼女が』

 

 カエルの言葉に、アドニスは硬直し、言葉を失うしか出来なかった。

 幼馴染の言葉、ソレは全て事実だ。アドニスが抱える悪癖を此処まで理解しているとは思わなかった。

 

 アドニスは、自分が面白く感じる為に、自身に困難を課す。

 ジョセフと影武者が良い例だ。

 結果はジョセフと影武者を両方同時に暗殺する事になったが。

 アレは、稀だ。


 普段であれば、アドニスはカエルの発言通りの行動をとる。

 現に、彼は直前までその行動を取ろうと考えていた。


 理由も、カエルの言う通り。その方が楽しいから。

 つまらない任務より、少しでも楽しい任務を取る。


 それが、彼。自分自身アドニスであり。

 この悪癖はしっかりと自覚している。


 ちなみにあの宗教教団の時は違う。

 あの時は意外にも、しっかりした依頼が下っていたから。自分なりに考えて一ヶ月の潜伏はしたものの、ことはしなかった。


 でも、今回のように、自己判断に任された。しっかりとした命令で無い場合は、アドニスはそうやって遊んでしまう。本当に悪い癖だ。

 流石に『ゲーム』が始まれば抑えるつもりだが。


 だが、それが何だと言うのだ。そんな気分だってある。



 「――……俺が任務を当たり前にこなしたのは其処まで可笑しなことなのか」

 「君ってさ、昔から、僕たちと違っていたじゃん?」


 何かを見透かしたように、幼馴染が当たり前に話を変える。

 今度は何だというのだ。アドニスはカエルを見る。


 「例えば、かけっこ。皆が走りつかれている中で、君だけはどれだけ走っても疲れる様子すら見せなかった」

 「何が言いたい」

 「鍛錬。僕は身体の《限界》を直ぐに感じたのに、君は子供の全員が倒れても疲れる様子一つ見せなかった」

 「それは、お前たちが軟弱なだけだろ」


 呆れる。自分の弱さを棚に上げ、まるで此方を化け物のように言うなんて。

 しかしカエルは無言。眉を思い切り顰めた。


 「――どちらも丸々一ヶ月だぞ。食料も真面に与えられず。頭脳が惜しいと免除された僕と、何と耐えきったリリス以外は全員死んだ」

 「――……」

 少しの間、アドニスは首を傾げた。


 「――それが何か?」


 幼少の事は思い出した。確かにそんな事があった。だが、在っただけだ。

 そんなの、記憶。うすぼんやりと覚えているのが、やっとだ。

 カエルは、ただのそんな話を。なぜそうも苦痛な表情で、言うのだ。

 その表情をみて、カエルは苦笑を浮かべる。


 「あの時から、お前は化け物だって確信していたよ。疲れを知らない――《限界》を知らない化け物だって」

 「――……《限界》?」


 首を傾げる。

 《限界》とは、知っている。


 ある一定数を超えると、起る事柄。

 それ以上は、無理だと判断する事。

 人間が必ず持っていると言うもの。

 ――……実際、この宇宙ではそのような物、存在していない事を彼らは知らない。


 そんな言葉を思い出し、アドニスは考えた。答えは1つしか無い。


 「――……無いよ、そんなモノ。《限界》?……馬鹿らしいな」

 「ほら、じゃあ、なんで皇子を影武者と一緒に殺したんだよ」

 「は?」


 再び、戻って来た問題。話が見えなくて、声を漏らす。

 カエルは呆れたように続けた。


 「お前には《限界》がない。感じる事が出来ない。――……だからこそなんだろ?任務で自分を追い込むのは。《限界》がない君は強い。上限しらずで強くなるから。でも同時に、退屈も強いんだ。なんでもこなせてしまうから。それが任務中に悪い癖として出してしまう」


 でも、それはしょうがないかもね、だから――……と、カエルは続ける。


 「分かんないんだよ。そんな君が、今回こんなに簡単に任務を終わらせるなんて。やっぱり、おかしいよ」


 口を閉ざした。

 カエルが自分の事を此処まで理解していた事にも驚いた。むしろ自分よりアドニス自分の事を知っているのではないかと思えるぐらいだ。


 でも、確かに。考えてみれば、可笑しいかもしれない。

 何故アドニス自分は、あんなに楽な全うな殺害を行ってしまったのだろう。

 あそこで、賭け遊びに出ていれば、もしかしたら今後の『任務』は更に困難で、楽しい物に成るかも知れなかったのに。袖にするなんて。


 いや、昨晩は、あの時は、あの時も確か。同じように悪い癖が出たじゃないか。

 でも――……。


 ――『……いや、神様が誓うんだ。本当っぽいだろ?』


 頭の中で、あの時の彼女の声がした。

 ああ、そうだ。思い出す。


 あの時自分は彼女の声で、頭が冷静になったのだ。

 彼女の発言で『馬鹿らしい、任務が優先』だと。妙に頭が冷静になって、遊ぶのを止めてしまったのだ。


 任務の支障になると考えを改め。いったん引こうとして。それで。――……その決断もやめた。

 その後の、シーア彼女の口車に乗って。今日此処で、『皇子ジョセフ』を確実に殺すと決断。


 だが、それで自分の悪癖は治まるものだろうか。その後も、まだチャンスは在ったのに。

 それは、シーアがテラスに2人のジョセフ連れてきた時。遊ぶことは出来た筈だ。でも結果は新聞ごらんの通り。


 アドニスは遊ぶのを全面的にやめてしまった。


 それは、確かにカエルの指摘した通り、実にアドニス自分らしくない。

 当たり前に依頼通りに事を進めたことが、余りに自分らしくない。



 ――……それは、ふむ、何故だろう。

 昨晩を思い出すとイライラする。

 任務だったから、任務を確実に実行すべきと考えたから、2人とも殺した?違う。

 いらいら、イライラする。ジョセフのにやけた面が、シーアを見る度。


 ――……ああ、分かった。


 「――……にやけた顔が気持ち悪かったから」

 「は?」

 「殿下と影武者がニヤツいている顔が気持ち悪くて、たまらなかったからじゃないか……?だからつい、悪癖も出て来なくなった」


 思いもよらない、なんて言葉は飛び越えていく。

 少しの間、カエルが困惑した表情。


 「え?え、なに?……あれ?皇子と影武者ってそういう関係だったの?同じ顔がいちゃついて気持ち悪かったとか、まさかそう言う理由?それこそ君らしくないだろ。」

 「――……違う。そうじゃない」

 

 皇子が影武者といちゃついていようが、其れこそアドニスには興味ない、違う。


 ――シーアを見る目が気持ち悪かったのだ。


 でもそんな事口が裂けても言えない。

 困惑したカエルが戻って来たのは少し後の事。


 「そ、そもそもさ。おかしいよね!なんでナイフ使わなかったの。君、近接の方が得意っしょ。狙撃銃使ったのって初めてじゃない?」

 「――……銃自体は扱える。ああ、でも、その銃は初めて使ったよ。ナイフが壊れてたから……」


 ここで、一度口籠る。

 考えてみれば、昨日の一連の騒動。


 ナイフが壊れていたからアドニスは狙撃銃を使用することになったのだ。

 カエルの言う通り、本当は近距離の方が得意だ。

 本当はマンションに忍び込んで、任務を遂行しようとしていたのに。


 でも、ナイフが壊れて。アドニスの手元には銃しか残されていなかった。

 ソレに関しては、別に良い。アドニスは銃も使える。


 だが、結果、酷く自分らしくない行動をとる羽目になった。それは結果的には良い事なのだろう。ただ、任務を遂行しただけだ。

 でも、今回のアドニス自分らしくない行動の元凶を上げるとするなら。



 ――……それは、全部あの女シーアのせいじゃないか?



 ナイフが壊れて狙撃銃を使う羽目になったのも、無駄に二人を殺したのも。事の発端は全て彼女にある。


 驚くほどに綺麗に笑って、あの皇子達の側に立ち、剰えその腕に腕を絡ませていた、あの女。

 昨晩のアドニスらしくない行動、全ての発端と原因は彼女にあるのではないか。


 「――……確かに、俺らしくない。俺らしくない行動だ」


 ぽつり、と呟く。思い返せば昨晩、彼女にずっと振り回されていた。

 彼女が、シーアが、あの場で好き勝手に動き回ったから。

 勝手について来て、「つまらん」と勝手に標的の場所まで乗り込んで。

 初対面の人間に行うとは思えないほどの行動ばかり、彼女は行っていた。


 ――……彼女の口車に乗った?馬鹿らしい。

 あの場を離れられるはずがないだろう。


 仕方が無いじゃないか。あの女が捕まれば、其れこそ任務に支障だ。そう判断せざるを得ないと感じた。だから、あの場に残った。残るしかなかった。


 あの女がテラスに現れた時、姿を確認できた時、どれほど安堵したか。彼女の隣で、鼻の下を伸ばすジョセフ2人の顔がどれほど苛立ったか。それは正に『遊ぶ』なんて言葉が飛んで行ってしまう程に。


 「……」

 たった今、アドニスは自分自身らしくない行動の理由を全て解明する事が出来た。


 それに、と思い出す。

 あの後、アドニスは酷く疲労を感じた訳だが。



 アレ、産まれて初めて、身体に感じた『疲れ』だった。

 疲れた…では無かった。



 疲れという現象が、カエルが説明していたものと酷似していたから、すんなり受け入れられていたが。

 考えてみれば、疲れたなんて、アドニスからすれば、異常の一言である。

 だって、《疲れ》と言うのは《限界》だ。アドニスには存在しない代物だ。



 「――……疲れるって、面倒なんだな」

 「――は?疲れた?……お前が疲れた!?」



 カエルが今までで一番驚く。

 失礼な態度だと思うが。実際、自分でも驚愕だから、仕方が無い。

 そして、なぜ疲れなんかが襲ったか。 

 

 簡単だ。怒りが募る。

 あの女、今日も此方が目覚める否や。昨晩の一件を謝罪する事無く、猫が心配と帰って行った、あの女。アイツのせいで、疲れを感じたのだ。――……実に腹立たしい。


 「用事が出来た、もう行く」


 頭を抱えるように、部屋の出口に身体を向ける。

 今日の用事は済んだのだ。早く家に帰って、あの女を何としてでも追い出さなくては。

 嫌、追い出せるかは分からないが、せめて文句を言ってやらねば気が済まん。


 「おい!まてよ、お前大丈夫なのかよ!疲れたとか、それは限界じゃないのか!?今日大雪にならない!?大災害!!!」


 後ろから失礼な言葉を投げつけて来る旧友を完全に居ない者として、アドニスはきつく歯を噛みしめ、足早に部屋を後にする。彼女への怒りで拳を震わせながら。

 


 ただ、言えるなら言ってやりたい。

 昨晩、アドニスは確かに《疲労》を感じた。だが、それは体力の限界からじゃない。


 あの時、あの瞬間。テラスに彼女が現れた時。

 シーアが無事であった事に安堵し。

 隣の男に微笑むことに心から怒りが湧いて。

 ソレらが爆発した結果、後から疲れが出たのだ――……と。



 だから、だからこそ。故に。

 


 ゆえに。

 あの女が全部悪い――……。



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