猛烈な勢いで迫りくる得体の知れない獣? を視界に捉え、照須は恐怖に縮み上がった。あれは、何なの? 唖然として、眺めているうちに、そいつはどんどんと、照須の方へと接近してくる。ああ、今日は、災難だ。こんなことばかりが起きる。幽霊の次は、怪物?

 命の危険を感じ、照須は、あわてて校内へと逃げ込んだ。それから、手頃な、隠れ場所をあわてて探し、その陰に身を隠す。その一瞬間後、まるで照須を追ってくるかのように、そいつが校内へと猛進してきた。木陰でびくりと、身を震わせ、見つからないよう、出来るだけ身を縮め、息を潜めた。照須の眼前を、その異様な生き物が四つん這いで駆けていく。

 何なの、あれ? 体中が赤褐色の鱗のようなもので覆われたそれは、確かに人間の顔をしている。だが、唇は捲れあがり、目は赤く血走って、皮膚は不定形に爛れ、まるで、地獄の番犬ケルベロスの人間版のようだった。 

 そのあとから、校内へ疾走するかのごとく、走り込んできたのは、さきほど神社で照須を危機から救ってくれた、あの青年だった。彼を見て、照須の張り詰めていた緊張が、ふっと緩んだ。

 きっと、今日はそういう日なんだ。照須は、そう思うことにした。あの青年は、悪を退治するスーパーヒーロー、いまもまた、照須の危機を救うために参上した。ははは、と力なく笑って、照須は成り行きを見守った。

 緊張は解けたが、緊張がほどけた分、体が抑えようもなくがくがくと震え始めた。無力な人間が、スーパーアクションヒーロー物の怪物退治の映画の中へと、紛れ込んでしまったような気分。ああ、自分にも魔法使いのような、力があったなら。ゆうや、あの青年のように、そんな力があったなら。あの青年、勇者の背後から、援護射撃をして、魔犬ケルベロスの退治に参加できるだろうに。

 とろこが、実際の照須はといえば、身を潜めてがくがくと震えているばかり。せめて、妖怪退治の道具でもあれば、良かったのに。

 あの青年が、もし危機に陥ったら、照須はどうしたらいいだろう? いや、それだけではない、いま、廃校の中にいる、ゆうたちに危険が及ぶようなことがあったら、どうする? 照須は無力なのだから、警察の助けを呼んだ方が良いだろうか?

 そんなことを思っていると、ケルベロスは運動場の中央辺りで急停止し、ぬっと二足で立ち上がった。

 濃紫に上塗りされていく、燃えるような赤い空。冥界を想わせるようなそんな空に、沈んでいくように同化していく追憶の校舎。そして、時を経て、干からびた皮膚のごとく地を覆う運動場に立ち、巨体を震わせながら咆哮する怪物。まるで、グロテスク絵画の一場面を切り取ったような風景に、照須はある意味、感動すら抱いていた。

 早鐘を打つ鼓動に合わせ、体内では凄まじいほどのアドレナリンが巡っているに違いない。

 一体、これから何が起きるのか。照須は、幼女ゴーゴンに睨まれたか弱い少女の如く、その場にくぎ付けになり、息を潜め、これからの顛末を見届けるしかなかった。

 ああ、それにしても、今日は、本当になんていう日なのだろう、と照須は嘆息した。

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