ゆうがドアを開けて入ってくると、沙奈絵が慌てたように椅子から立ち上がった。しかし、ゆうを見て、金縛りにあったように棒立ちになっていた。言葉が喉につかえて出てこない、という風だった。

 「お客さん?」

 ちらり、と沙奈絵の方へ一瞬だけ視線を流してから、ゆうが言った。

 「ゆうさん、お帰りなさい。わたしの念、通じました?」

 照須は、冗談めかして言ってみた。もちろん、そんなことはあるはずないのだけれど。

 「通じたわよ、ちゃんとね」

 そう言って、ゆうはにっこり笑った。この笑顔は、客の沙奈絵の緊張を和らげるため、ゆうが意図的に作った笑顔だろう。沙奈絵は、それほど、張り詰めた空気を醸し出していたから。それに、ゆうほどの美人を目の前にすれば、誰だって緊張で体が硬くなるというものだ。

 「あ、あの・・・・・・」

 沙奈絵の、絞り出したような声は、緊張で擦れていた。声にもまして、ゆうに歩み寄るその動きはぎこちなく、どこかバランスを欠いた自動人形を思わせた。これこそ、アイドル風可愛い子ちゃんと、誰もが認めるであろう、本物の美女を目の前にした時の反応の違いというものだろう。

 「息子を、息子を助けてください。お金は、いま用意できるだけ準備してきました。どうぞ、よろしくお願いします」

 堰を切ったようにそれだけを言うと、沙奈絵は深く頭を下げた。ゆうは、そんな沙奈絵を少し値踏みするように見ていた。ゆうは、初見でその人物のかなりの部分を見透かしてしまう。ある意味、プロファイリングを専門にする心理分析官のように、過去から現在、そして未来に渡るまでの全体像を直感的に把握してしまうのだ。直感的という点で、心理分析官とは真逆の捉え方かもしれないが。データなどは必要ない。その点、照須のほうこそ、心理分析官的かもしれなかった。いまも、こうやって、資料を漁り分類し、分析し、そうやって沙奈絵の背景像を組み立てようとしているのだから。必要とあれば、ゆうにその情報を提供する。照須の情報も、たまにはゆうの役に立つときがあるのだ。

 「じゃあ、話を聞きましょうか。それとも、いますぐ息子さんに会いに行きますか?」

 ゆうは、さらりと言ってのけた。

 ほら、ゆうはやっぱりこういう人なんだ。照須は、心で喝采した。話を聞くまでもなく、この人は助けるべき人間なんだと感じてしまったようだ。そして、すぐに行動に移さないといけないほど、いまが、差し迫った状況であるとも。


 とりあえず、ゆうに沙奈絵が話したこと、彼女の置かれている状況をかいつまんで話し、星川第二小学校について調べあげた資料を渡した。照須が調べることができた範囲でも、沙奈絵がこの小学校に在籍していた当時、かなりの陰惨な事件が続けざまに起こっていた。その事件の、かなりの部分を、沙奈絵は忘れてしまっている、あるいは、フロイト的に言えば、抑圧してしまっているらしかった。

 いま、彼女の息子である健一君に起きていることは、この過去と関係があると、照須は睨んでいた。それは、健一君が昏睡状態になってしまう前に、この小学校に肝試しに行っていることから確実だろうと考えられる。

 いまは、すでに廃校になってしまっているこの場所で、一体、どんな体験をしたのか? なぜ、彼だけがこのような状態になってしまったのか?

 いずれにしても、この廃校には行ってみる必要があるのではないか。照須がそんなことを言うと、ゆうは、そうねと言って、少し考え込むように、顔を落とした。それから、もう一度、沙奈絵の方を見る。

 「わたしは、まず、健一君に会ってみましょう。照須は先に、廃校の様子を見ておいてくれない?」

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