照須は、できる限りの重装備に身を固め独自に創作した霊能アイテムをリュックに詰め込むと、むやみやたらと改造してしまって、見た目がふるわなくなってしまった電動自転車で目的地に向かった。まるで、秋葉原のオタク女子みたいな恰好で、自転車を駆るように、ビュンビュン飛ばし、その目は、真剣そのものだ。リュックに詰め込んだ霊能アイテムが、がさごそと音を立てる。

 霊感の全く働かない照須は、例えば霊的波動などの強度を数値として見れたら役に立つのではと思い、既存のオーラメーターを改良し、オーラおよびそれに類したエネルギー強度を数値レベルで感知できる機器を創作した。

 とはいっても、まだ実際に使ったことはなかったので、今日が初陣だ。科学の力で霊的現象に対抗する、が照須の方針だったが、それでいて、リュックのお守り袋の中には、悪霊退散の札がわんさかと入っていた。これは、ゆうの念力入りだから照須の玩具とは違って、百人力だ。

 他にも、電磁力で悪霊を退治する電磁棒なるもの、悪霊及び、吸血生物退散のための三点セット、特製暗視ゴーグルなどなど、ゆうからすればがらくたのような代物が、リュックの中にはわんさと、入っていた。

 スパルタ式の詰め込み学習から解放された照須は、何かを創作したり、改造したりすることに喜びを感じている自分を発見した。自らの知識をただ詰め込まれただけの知識ではなく、そうやって、創造的作業に活用することで、また、新たな知識を吸収していくことも苦痛ではなく楽しみになった。

 腐りかけて、自分をがんじがらめにしていた知識がいまや、アイデアの宝庫となったのだ。これも、ゆうのおかげといってもよかった。

 みな、人それぞれ、自分自身の得意分野というものがある。誰だって、これが好きだと思える何かがある。それを見つけることが大事だと、ゆうは言ってくれた。心の内側の、鉱脈を掘り当てることが。

 決められた道を進むことを強要した両親を軽侮しているわけではないが、ゆうは、照須にとって心理的には親のような存在でもあった。ゆうの助手として仕事に携われるようになったことが、だから、照須にとってなにより幸せなことだった。

 そろそろ、星川第二小学校が見えてくるころだ。照須は、頭の中に叩き込んだ廃校までのルートマップと現在位置を照合した。確か、すぐそばに神社があったはずだった。

 と、そのとき。ジジジジと腰に装着した霊波メーターに特別反応があった。さらに進むと音が急激に大きくなる。神社だ。神社に近づくごとに音が、強度を増している。照須は、好奇心に駆られて、神社のすぐそばに自転車を止めると、そろそろと境内の中に入ってみた。色の剥げ落ちた古びた鳥居が妙に不気味で、どこか現実と夢の狭間を横切るような、いいようのない感覚の襲われた。

 霊波メーターの音は、さらに強度を増し、デジタルの数字は乱舞するように踊る。神社自体は、小さいもので奥にある拝殿と手水舎、待合所のような小さな建物ぐらいしかなく、社務所のようなものもない、寂れた感じのする神社だった。手水舎には淀んだ雨水が、粘土の塊のように溜まっていた。それにしても、鳥の鳴き声一つしない。この場所の存在そのものが、打ち捨てられたように静まり返っている。

 しかし、それは、表向きだけのことなのだろうか。照須は、がくがくと自分の身体が震え始めているのを感じていた。そう・・・・・・右側にあるあの霊木だろうか。まるで、無数の手を空中に延ばすがごとく、葉を茂らせているネムの木が、強い霊波の発信源だった。それは、そこに近づくと音が増し、離れると音がうすれることからはっきりと分かった。

 照須は、そろりそろりと、足音を忍ばせるように、ネムの木に近づいて行った。かなりの高木で、十メートル近くはありそうだった。夏の夕空は、赤みを増し空全体が赤い巨大な心臓のように、空気を震わせ脈打っているかのように感じられる。照須の心臓も、バクバクと激しく音を立てた。昼の蒸し暑さはすでに奪われているはずなのに、照須の全身は緊張で汗ばみ、額からはねっとりと汗が滴る。

 こんな経験は初めてだった。それでも、好奇心が照須の歩みを先導した。神木の根元付近にぼろぼろになってずれ落ちたしめ縄が、まるでいまにも死にかけた大蛇のように見えた。

 ばちん、と破裂するような音が、突然になった。しめ縄が跳ね上がるように伸びた気がした。目の錯覚だろうか。霊波メーターの数値が、狂ったように目まぐるしく動き、やがて、爆発音のような音を立てて停止した。もはや、計測不能状態である。

 照須は、凝視するようにしめ縄に視線を固定していた。しばらくして、背中に氷でも流し込まれたようなぞくぞくとする感覚に襲われた。何かが上から髪の毛を引っ張り上げようとしているかのような嫌な感覚。ぞっとして、照須は恐る恐る上を見上げた。ねむの木の枝が、その葉が、覆い被さるようにして、照須の頭上に迫ってきていた。それから、その中心に・・・・・・あれは、何だろう・・・・・少女の顔?

 恐怖に目を見開き、かっと口を開け、ゆっくりと回転している少女の首が——

 行方不明になったC子ちゃんの切断された身体の一部が、付近の神社で発見され—―もしかして、それは、頭部のことだったのか? 照須はネットで漁った記事の一文を思い出し、顔面蒼白になりながら、落下してくる、それを凝視していた。

 断末魔の叫びを上げながら、少女の頭部はさらに、照須の頭上すれすれまで接近してきた。

 照須は、あまりの恐ろしさに、自らも断末魔の悲鳴のような叫びを発していた。下から突き上げる悲鳴は、上から渦を巻いて降りてくる悲鳴と重なり合い、膨れ上がって空間を軋らせるかのようだった。死をも覚悟する恐怖の中で、しかし、唐突に目の前の光景が消え去っていた。

 え・・・・・・? どうなったの? 幻覚? 照須は、ぽっかりと突如、空虚となった空間を口を半開きにして見上げていた。でも、どうして、突然に消えたのだろう?

 「あんた、その付近にあまり近づかない方がいい。そんなに近くに行くまで何も感じなかったか?」

 はっとして、照須は、声の出所を探り、きょろきょろと辺りを見回した。

 声の主は、すぐ背後にいた。まだ若い男性だった。少年といってもいいくらいのどこか未熟な感じがありながら、鋭いナイフのような尖ったオーラを発散していた。顔は恐ろしく美形で、どこか、ゆうに似た雰囲気もあった。

 能力者? 照須は、彼のそのオーラから、すぐに彼が普通の人間でないことを察した。

 「長い間、樹木そのものに取り憑いて、無念の想いが憎悪にまで変わりつつある。ここまでくると、通常の除霊は不可能」

 え? 何? 照須は、一瞬、自分の目を疑った。また、幻覚を見たのだろうか? 青年が右腕を伸ばすと、その腕が分裂するように伸びた。まるで、もう一つの右腕が右手の指先からビームのように飛び出たかのようだった。その分裂した右腕が希薄しながら、高速の勢いで伸びて、ねむの木を外側から巻いてしまったかと思うと、雷鳴のように音とともに光って消えてしまった。わずか、数秒足らずの出来事だった。

 ねむの木は、何事もなかったように目の前にあるけれど、何かが行われたことだけは確かだった。

 「除霊ができなければ、抜き取って浄化させてしまえばいい」

 それだけ言うと青年は、くるりと身体を翻すと、照須のもとから立ち去ろうとした。あわてて、青年の後を追う。

 「あの・・・・・・ちょっと、待ってください。まだ、お礼も言っていません。お名前も」

 青年は、少しだけ立ち止まると、首だけを照須の方へ向けた。その氷のようにどこか冷たく、研ぎ澄まされた視線の圧力に、照須はがちがちになって動けなくなってしまった。

 「闇堂ルナ。ちょっと、急いでいるからこれで」

 「あ・・・・・・はい」

 間抜けた声で返答する照須を置き去りにして、闇堂ルナと名乗った青年は、あっという間に照須の視界から消えていた。

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