十一

 「なあ、健一は、もう死んじゃったんじゃないか? 俺たちのせいで、あいつは・・・・・・」

 「馬鹿なこと言うなよ、信二。あいつが、死ぬはずないだろ、なあ、満」

 「ああ・・・・・・そうだな」

 信二は、どこか虚空を眺めるような視線を、二階の健一の部屋に向けながら、言った。

 「健一が、死ぬはずがない」

 しかし、それは、信二たちの願望でしかないのかもしれない。人の死は、唐突にやってくるものだ。たとえば、信二の祖父がそうだったように。あれほど、元気だった祖父が、ある日を境に急速に容態を悪化させ呆気なく他界してしまった。大好きだった祖父だった。その祖父が、いなくなるということが、まだ幼かった信二にとっては、信じがたいことだった。

 健一が、死ぬ。それは、信二にとって、それと同等か、それ以上の苦痛をもたらすに違いない。

 健一の母親が、出かけてから、すでに二時間以上がたっている。一体、どこへ行ったのか分からないが、健一が家にいることは確かだった。ときどき、断続的に呻くような声が二階から聞こえてきていたのだ。それは、尻尾が消え入りそうな聞こえるか聞こえないかの大きさの声だったが、確かに健一の声だった。その呻き声が、途絶えて、もう一時間ほどが経過していた。

 健一の母親がでかけるとき、あやうく見つかりそうになったが、うまく路地の影に隠れ、いまこうやって健一とコンタクトを取ろうとしていたが、信二たちには、もう手だてがなかった。まさか、窓を割って泥棒のように侵入するわけにもいかない。

 「あのさ、もう一度、あの廃校へ行ってみないか?」

 自分でも思ってもいないような言葉が、口から出て、信二は、慌てたように二人の反応をうかがった。二人は、信二の次の言葉を待っているようだった。その顔には、行ってどうするのかと問うような、疑問符が浮かんでいた。信二にも、考えがあるわけではない。ただ、健一が、こんなことになってしまった原因は確実に、あの廃校にあるのだし、あそこに行けば、何かが分かるかもしれない。健一を助ける何かを、見つけられるかもしれない。健一だけが、あんな苦しい思いをしているのは、許されることではないのではないか。そんな懺悔めいた感情が、信二の頭を占拠する。

 ここにいても、もうどうすることもできないのだ。健一だけが苦しんでいるという罪悪感は、信二だけでなく、良治も満も同じだろう。坂下凛々子も、体調を崩し、学校を休んでいたが、彼女の安否は確認できていた。彼女は、連れていくわけにはいかない。

 三人は、しばらく、無言のまま突っ立っていた。怖いのだ。あそこへ、もう一度、行くことが。それは、信二も同じだった。健一だけが、あの、用務員室に入った。一体、あの中で、何を見て、どんな体験をしたのか? 呪われた何かが、あそこには、あったのか。例えば、人の死体とか。

 「そうだな。信二の、言う通りだ。行ってみようぜ」

 良治が言うと、信二が呼応するような、強い眼差しを彼に向けて、頷いた。

 信二は、目の前に握った拳を突き出した。自分から、そんなリーダーめいたことをするのは、はじめてだった。そんな信二の覚悟を目の当たりにして、良治が、そして満が、同じように握った拳を突き出した。それぞれの拳が、中央で磁石のように合致した。それは、このまま健一を見殺しにできないという、三人の決意の証のように思えた。

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