「健一、おい、いるんだろ」

 「健一、聞こえてるなら、窓を開けてくれ。俺たちに顔を見せてくれ」

 「健一、けんいち・・・・・・」

 けんいちけんいちけんいち

 誰かが、ずっと自分の名前を呼んでいる。誰だろう。よく知っている声のはずなのに、健一は思い出すことができなかった。それに、動くこともできない。

 一体、自分は、どこにいるのだろう?

 寝ているのだろうか? ここは、夢の中なのだろうか? だとしたら、どうして、起きることができないのだろう。

 体を動かそうとしても、動かせるのは右手だけだった。自分の意志が、自分の肉体の制御権を失ってしまったかのように感じられた。それは、肉体に関してだけではなかった。自分の心の内側に、別の存在がいる。健一は、ずっと、その気配を感じていた。その気配は、まるで、健一の心に根を張るように次第に色濃くなっていくように思われた。

 このままでは、自分が誰だったのかも忘れてしまいそうだった。誰かが、健一そのものを乗っ取ろうとしているのだ。健一は、胸を掻きむしるようにしてもがいた。

 いやだいやだいやだたすけてたすけて

 心で激しくそう思っても、声を出すことができない。

 暗闇の中で、ときおり、鮮明に浮かび上がるあの映像は何なのだろう? 誰かを遠くからみやる男の顔だ。どこか悲しみに歪んだ悲痛な顔だ。

 この顔は?

 どこかで見た覚えのある顔だった。こいつが、自分を乗っ取ろうとしているのだろうか?

 この顔は・・・・・・。誰を見ているのだろう? 悲しげで、苦しげで、歪んでいる。その歪みは、やがて、顔全体を変形させ、顔は溶解するように崩れ落ちていく。

 それから、擦れるようにして聞こえてくる、微かな声。さなえちゃん、どうして・・・・・・。

 その呻くような声を聞き、健一は、再び、胸を掻き毟る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る