十
「健一、おい、いるんだろ」
「健一、聞こえてるなら、窓を開けてくれ。俺たちに顔を見せてくれ」
「健一、けんいち・・・・・・」
けんいちけんいちけんいち
誰かが、ずっと自分の名前を呼んでいる。誰だろう。よく知っている声のはずなのに、健一は思い出すことができなかった。それに、動くこともできない。
一体、自分は、どこにいるのだろう?
寝ているのだろうか? ここは、夢の中なのだろうか? だとしたら、どうして、起きることができないのだろう。
体を動かそうとしても、動かせるのは右手だけだった。自分の意志が、自分の肉体の制御権を失ってしまったかのように感じられた。それは、肉体に関してだけではなかった。自分の心の内側に、別の存在がいる。健一は、ずっと、その気配を感じていた。その気配は、まるで、健一の心に根を張るように次第に色濃くなっていくように思われた。
このままでは、自分が誰だったのかも忘れてしまいそうだった。誰かが、健一そのものを乗っ取ろうとしているのだ。健一は、胸を掻きむしるようにしてもがいた。
いやだいやだいやだたすけてたすけて
心で激しくそう思っても、声を出すことができない。
暗闇の中で、ときおり、鮮明に浮かび上がるあの映像は何なのだろう? 誰かを遠くからみやる男の顔だ。どこか悲しみに歪んだ悲痛な顔だ。
この顔は?
どこかで見た覚えのある顔だった。こいつが、自分を乗っ取ろうとしているのだろうか?
この顔は・・・・・・。誰を見ているのだろう? 悲しげで、苦しげで、歪んでいる。その歪みは、やがて、顔全体を変形させ、顔は溶解するように崩れ落ちていく。
それから、擦れるようにして聞こえてくる、微かな声。さなえちゃん、どうして・・・・・・。
その呻くような声を聞き、健一は、再び、胸を掻き毟る。
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