「わたしは、堂島ゆうの助手で曽倉照須と申します。失礼ですが霊障のご依頼ということで、サイトの方から申し込みのあった三上沙奈絵さんでしょうか?」

 女性は、どこか早計だったという表情を顔に浮かべ、一言、すみませんと謝ったあと、照須の質問を肯定するように、三上沙奈絵であると名乗った。

 「狭い場所ですが、どうぞ。申し訳ありませんが、いま、ゆうは不在ですので、よろしければ、わたしがヒアリングをさせていただきます」

 ゆうが、日中にこのアパートにいることは滅多にない。依頼はほとんどないが、彼女はほぼ無償で霊障ボランティア活動のようなことを日々しているのだった。おそらく、いまは、養護児童の一人である、築地優斗君のちょっとした霊障を治療している最中のはずだ。

 ゆうは、都内の児童養護施設の多くで、こういった霊障治療を行っているが、その見返りに、微々たる謝礼金しかもらわない。当人は、好きでやっている慈善活動だからというので、照須としても、ゆうの好きにやらせるしかなかった。

 そのほとんどが、低級霊憑依の軽い霊障程度のものだったので、ゆうからしてみれば朝飯まえの仕事なのだが、保母さんなどからは、異常な行動が治った、とても素直になったなど、あまりにも効果てきめんな治療に、とても感謝されていた。

 三上沙奈絵は、ゆうがいないことを知ると、あからさまに残念そうな顔をして、照須にすがるような視線を寄こしてきたが、照須にはどうすることもできない。テレポーターでもないゆうが、すぐに帰ってこられるわけでもないし、いずれにしても、まずは照須のヒアリングを通らなければ、ゆうに仕事は回せない。

 というわけで、とても、事務所とは呼べないような場所で、沙奈絵のヒアリングが始まった。事の発端から、現在の状況にいたるまでの経緯を聞き終わると、照須は、うーんと小さな呻き声を上げた。

 「なるほどですね。健一君は、その場所で、なにものかに憑依されたのではないかと推察されているわけですね」

 照須は、ふむふむと頷くような仕草を見せた後、右手に顎をのせ、ちょっとだけ思考を巡らせた。急激な人格の変化。声質の変化。これまで見せたことのない表情を見せるようになる。明らかに別人のような態度。そして、昏睡状況に陥ってしまった。さらに、右手の皮膚がしなびたように、しわくちゃに変容している。

 これは、特Aレベルの霊障ではないか。話を聞いた限り、時間がたてば、解決するというような生易しい事象ではないように思えた。

 「あの・・・・・・引き受けてもらえるでしょうか? 早くしないと、健一が、健一が・・・・・・。お金は、いま、持って来られるだけ持ってきましたから」

 沙奈絵が、身を乗り出すようにして、照須に圧力をかけてくる。

 照須は、しゃんと姿勢を正し、三上沙奈絵を見返した。

 「分かりました。ゆうは、引き受けてくれると思います。安心してください、ゆうは超一流の術師ですから」

 照須は、にっこりと笑って、沙奈絵の心から少しでも不安を取り除こうと試みた。照須にも経験があるが、追い詰められている人間というのは、心に余裕という隙間がなくなってしまうものだ。ましてや、経験したことのない出来事に遭遇すれば、なおさら。

 沙奈絵は、顔をくしゃくしゃに歪め、いまにも泣き崩れんばかりの表情をして、うなだれるように頭を下げた。

 「ほんとに・・・・・・ほんとに、ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

 さて。ゆうが帰ってくる前に、調べなければならないことがたくさんある。照須は、きりっと、そのアイドル美少女風の緊張感のない顔を引き締めると、早速、秋葉原の特売で購入した中古タブレット取り出し、TODOのリストアップを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る