サイトを作ったはいいものの、いっこうにまともな依頼が舞い込んでこない。たいていは、本人の努力次第、心の持ち方次第でどうとでもなる些末な霊障程度のもので、そんなものに対して、ゆうの力は猫に小判のようなものだ。

 曽倉照須は、宙を見上げて、うーんと唸り声をあげた。そもそも、サイトの作りが悪いのか、照須の生真面目さが反映されて、知識の詰め込みすぎが敬遠されているのか、どうにも分からなかった。

 根を詰めて、作り込みすぎたかな、と思ってるところへ、一件の依頼のマークが点灯した。

 早速、照須が作成した質問事項の答えをチェックしてみる。たいていは、ここを見れば、霊障の程度が分かる。ものによっては、会わなくとも照須の知識だけで、どうとでもなるものが多い。そんな場合は、格安でチャット相談に応じることにしている。

 回答を見終わって、照須は、再びうーんと唸っていた。なにやら、これは、緊急の匂いがする事案、それも大物感がある。文章からだけでも、切羽詰まった様子がひしひしと伝わってくるのだ。

 どうにもならない霊障で困っている人を、一人でも多く助けたというのが照須が仕える堂島ゆうの想いだった。照須も、その完璧主義から精神疾患に陥り、それは、低俗な霊を引き入れてしまう霊障にまで発展した。その照須を、たまたま偶然、救ってくれたのが、堂島ゆうだった。それ以来、無理をいって、ゆうの助手兼、雑用係として、彼女のところで働いていた。

 ざっと見たところ、ゆうの能力は多岐にわたる。ただし中心となるのは、ヒーリング系の能力。それを軸にしてテレパシー、エンパシー、サイコメトリー、など基本的なもの。さらに、照須の知らない能力も、まだまだあるらしかった。ゆう自身が、それがどんな力なのか分かっていないので、照須には説明できないと言っていた。

 それを聞いて、改めて、自分はとんでもない人の側にいるんんだな、と思うのだった。そして、同時に幸せを。照須は、子供のころから、ただレールの上を走ることだけを、それも極度に走ることが困難なレールの上を走って生きていくことを期待され、強要されて生きてきた。そこには、愛情もなかったし、照須の本当の心を見てくれる人もいなかった。まるで、優秀な家系の血を引き継いでいくことだけが義務であるかのような生活の中、照須が心の病気にかかってしまったのも無理のないことだった。

 照須は、ほんのささいな愛情が欲しいだけだった。どれだけ頑張ってもほめてもらえない世界の中では、そして、常に比較にさらされる世界の中では、心は渇き、壊れていくだけだった。

 だから、いまのゆうとの生活が、尊い。照須は、ゆうから日々、たっぷりの水を与えられているのだから。

 かつて、照須が住んでいた豪邸には、何でもあった。何から何までだ。金に困ることなど一切、なかった。いま、照須が住んでいるのは、その何百分の一すらない、狭苦しいアパートの一室である。豪華なお皿など一枚もない質素な生活に、しかし、苦しみなど全くなかった。物質的なものに対する欲望がほぼゼロに近いゆうに対し、逆に照須は心配になってしまう。彼女には、もっといいところに住んでもらいたいとも、思う。それは、ゆうの望みではないかもしれないけれど、照須にできることは、できるだけしてやりたいと思うのだ。

 しっかりとした基盤ができてこそ、ゆうの想い、はより達成されていくはずである。

 照須が、そんなことをつらつらと考えていた時だった。アパートの扉が、遠慮がちにノックされる音が聞こえた。あーまた新聞の勧誘員かなと思って、扉を開けると、目を赤く腫らした、三十代くらいの感じのよさそうな女性が立っていた。ボブヘアーに薄い化粧。平均以上の顔立ちだけれど、どこかおどおどしてやつれた表情が、美貌を台無しにしている。右手には、やけに間口の大きい手提げ鞄を持っている。

 「あの、直接、来てしまいました。堂島ゆうさんでしょうか? 依頼、お願いできますか?」

 その焦った口調に、ああ、この人だな、と照須はすぐに直感した。まるで、誰かに取り憑かれたような顔が、じっと照須の返事を待っている。

 このあたしを、ゆうと勘違いするなんて、この人相当まいってるな、と思いながら、照須はしばし、女性を観察する。この雰囲気からして、起きている霊障は本物に違いない。

 照須は、女性を落ち着かせるため、にっこりと笑い、どうぞと部屋にはいるように促した。

 ただし、この部屋には、まだ主人はいなかったけれど。

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