どこか海中を思わせるような部屋の中には、東京全域をカバーする巨大なマップが敷き詰められていた。天井に下げられた装飾用の白熱電球では、部屋全体を照らすには弱すぎたが、それでも暗いという印象はない。

 巨大マップは、一辺が五メートル近くはあろうかと思われるほどの大きさで、その端から端までを、志保をとんとんと、こめかみを叩きながら、歩いていた。これは、志保専用のマップダウジングツールの一つで、基本的なものだ。志保がまず、対象の居場所を探知するときは、このマップダウジングで大まかな位置を特定してから、千里眼によるイメージングサーチを行う。

 ルナが部屋に入ると、志保は、にっこり笑って巨大マップの、ある一点を指さした。

 「そこ、ホロで拡大すると、こんな感じ」

 マップの一部が、上方にせり上がるように巨大化した。生々しく立体化したホログラム映像は、あたかもルナの眼前にあるかのように、リアルに空間を埋めた。巨大マップ上の空間を占めるのは、古い廃校らしき校舎、それから、スライドするようにして、古いアパートが浮遊する。

 「この、アパート、たぶん、ここ。この角部屋。この真っ黒い邪悪な波動は、ディプロの匂い。だんだん強くなってるみたいだから、気付いたんだけど。どうやら、いい宿主を見つけたみたいだね」

 ルナが頷くと、空間を埋めていた三次元立体映像が突如として消え、今度は、何やら異様な風景が浮かび上がる。幽霊スポットそのもののようなトンネルの中を、巨大な黒い影が走っている。その影を追っている、いくにんかの少年少女。チーム“ティーンズ”の面々だ。その中には、ルナと、志保も混じっている。実験的に組まれた超常犯罪捜索チームだった。

 ティーンズが追っているのは、その当時、食人鬼として恐れられていた連続殺人鬼の有麻圭太だった。ただし、有麻圭太は、すでに有麻圭太ではなかった。ディプロに心を食い尽くされ、すでに傀儡となり果てていた。

 有馬はすでに、満身創痍だ。ティーンズは、当時、実験的に組まれた捜索チームの中でも群を抜いて優秀だった。そのティーンズに追われて逃げきれるものではない。何よりも、ティーンズには闇堂ルナがいた。彼の執念は、少年のころからすでに彼自身を蝕むほどに巨大なものとなっていた。それこそが、生きるすべての動機であるかのように。

 ぱちん、と志保が指を鳴らすと、ホログラムは溶けるように、その色合いを薄めていく。

 「このときから、もう七年、たつんだね。早いもんだ。そして、あんたは、いまだにディプロの欠片を追い続けている。どうしても、一人で行くの?」

 ルナは、眼前で薄れゆく景色を睨むように見つめていた。

 「もう、チームは、解散しただろ。これは、俺の仕事だし、もう誰にも邪魔されたくない。志保には、感謝してる」

 「そうだよね。あたしたちは、大切な仲間の一人を失ったようなものだから。だから、あなたは、責任を感じている。でも、仕方ないことだった」

 薄れゆく景色の中、記憶は鮮明に蘇り眼前の映像の中で融合する。闇堂ルナの右手が、有馬圭太の額に突き刺さる。だがそれは、実際の右手ではなく、ルナの右腕のシャドウ。これも、計り知れないルナの能力の一端に過ぎない。闇には闇の理屈で、ディプロは圭太の精神から引きはがされ、握りつぶされる。それから、ルナの右手の影も陽炎のごとく、空間に蒸発していく。

 ティーンズの皆は、ルナの、その圧倒的な力を眼前にし驚嘆している。だが、有馬圭太をここまで追い込むまでに、仲間の一人が、意識不明の重傷を負ったのだった。

 「俺が一人で、すべてを始末するば、済むことだ。そうじゃないか? そして、何度も言うように、ディプロは、俺の獲物だ」

 志保は、少し乾いた笑いを浮かべ、ルナを見た。

 「そうね、あたしたちは、足手まといだものね」

 そんな皮肉めいた言葉さえ、わずかにも響かないほど、ルナの覚悟は堅かった。

 

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