「健一、起きて。健一、お願いだから、ねえ、起きてってば」

 次第に自分の声がヒステリックになっていくのが分かる。感情の昂ぶりに任せて、健一の肩に手をかけて揺すろうとする。そのときだった。薄いうわがけの中で何かがもぞもぞ、と動いた。ゆさゆさと、波打つように。沙奈絵は、はっとして、伸ばしかけていた手を静止させた。

 一体、何だろう?

 まさか、野良猫がベッドの中に潜り込んだわけでもあるまいし。と、再び、薄いうわがけが上下に波打った。その動きが、いつか見たエイリアンのワンシーンにも似ていて、思わずひっと小さな悲鳴を上げていた。ベッドから飛びしさるようにして、距離を取ると、沙奈絵は、じっとその動きを凝視した。

 「何、何なの・・・・・・」

 数日前の、あの狂気に猛り狂った老人の姿が思い出された。自然と足が、がくがくと震え始める。

 これは、わたしの息子なのよ。そう言い聞かせ、沙奈絵はそろそろと、ベッドに近づくと、思い切って敷く布団の端に手を掛けた。

 だいじょうぶ、だいじょうぶ、なんでもないわ、そうでしょ、健一。沙奈絵は、呪文のようにそう言いながら、うわがけをそっと、のけた。

 沙奈絵が見たのは、妙な光景だった。

 健一の、皺が浮き出てミイラのようになった右手が、心臓の近くで壊れた玩具のように、上下動していた。それは、まるで、己の手で心臓を掴みだそうとでもしているかのように、一種異様で奇怪な動きだった。

 苦しんでいるんだわ、この子も。きっと、健一は、何かに抗おうとして無意識の内に、戦っているのではないか。健一の肉体、その右手には、明らかに異変が生じていた。このまま放っておいたら、健一そのものが何か別の存在へと変貌してしまうではないかという恐れは、沙奈絵の心を黒い剃刀となって引っ掻き回す。

 早く助けないと・・・・・・。健一の右手を両手で掴み、胸に引き寄せ、沙奈絵は祈るように、首を垂れた。

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