四章

 闇堂ルナは、剥き出しのコンクリに覆われた部屋で、極の瞑想をしていた。部屋には、無駄な調度品は一切なく、窓すらない。囚人を閉じ込めておくような拷問部屋めいた部屋だった。不愛想で無骨。しかし、それが、ルナににとっては最もシンプルに心を研ぎ澄ませられる部屋だった。瞑想は、ルナが機関に入った頃から日課のように行っている習慣のようなものだ。

 心の内にある鬼、復讐心を鎮めるための儀式のようなものでもある。精神を刃のように研ぎ澄ますことで、通力のコントロールが格段に向上する。

 物質と精神との間の境目は見せかけに過ぎない。すなわち、どちらもエネルギーの形態の一種であり、情報である。ルナの霊力は神妙化された情報をコントロールし、物質そのものさえも変形させる。 

 自らの肉体さえも。

 この部屋は、コンクリートという物質に覆われていながら実際には、エネルギーの織目に囲われた情報空間である。エネルギーの情報量と濃度が、空間を仕切っている。このシンプルな部屋は、情報濃度が矮小であり、それゆえに雑念を生じさせる懸念が少ない。猥雑な情報は、精神を乱す。情報すなわち波動である以上、特別に極の瞑想をするときには、情報量は少なければ少ないほどいい。

 ルナの能力は、極の瞑想時に最大限に補修される。

 それらの知識は、ルナが十四歳の頃、シノビノ研究所の後続機関であるソラリで仕込まれた超物理学の知識だった。ルナにとって、しかし、知識は知識でしかない。己の能力を、科学的に説明されたところで、圧倒的少数者の苦悩が消え去るわけではない。

 瞑想の海に深く沈んでいくその最中、瞑想空間に侵入する気配を感知したルナは、わずかに意識のアンテナを外界へと向けた。聴覚が感じ取ったのは、ルナを呼ぶ声。

 その声に、薄く目を開けると、コンクリの壁の一部がガラガラと崩れるようにして、切り取られた。切り取られた空間から、空海志保が、忍者のような足取りで近づいてくる。

 「あんた、ディプロをまだ、探してるんでしょ? 一体、感知したわよ。これで、何体目だったかしら?」

 空海志保。千里眼の志保と呼ばれるホルダー。ルナは、無表情を装い、じっと正面をみつめたままだ。

 千里眼の志保は、広域レベルでの、霊体感知能力が群を抜いて優れている。警察犬が、匂いで対象物を感知するように、志保の特異能力は、微妙な色とエネルギーの模様で、対象物を感知する。一種の動く絵のようなものを志保は感じるのだ。

 「相変わらず、反吐が出るようなおぞましい画ね」

 ルナは、志保の言葉を聞くともなしに聞いていた。少しだけ顔を上げて、切れ長の美しい目をした志保の顔を見上げる。

 「どうも、手間をかけたね」

 ルナは立ち上がり、少しだけ長くなった髪をかき上げた。

 「ねえ、もう少し、愛想よくできないのかなあ。まあ、誰だって、あんたみたいなことがあれば、そうなるのも分かるけど」

 志保が、ことさらにハスキーな声で、ルナに言い寄る。とても真面目な娘が、無理をして不良を演じているような、そんな印象が志保にはある。外見を煌びやかに保つことで、内面の弱さを隠そうとでもするかのような。

 異能の持ち主が、社会から偏見の目で見られるのは、いまも昔も変わらない。人間は、未知なる存在を恐怖する。科学は、いまだ、サイエネルギーの正体すら解明できないでいるのだ。ルナは、両親に愛され育てられてきたが、この研究所で生活するホルダーの多くは、愛を知らないまま育ってきた。志保もまた、そういう女の子だった。

 ただし、志保には、いまだ両親が健在だ。

 愛情の源泉そのもの失う絶望感を、志保はまだ知らないはずだ。

 「あたし、協力するよ。ティーンズのみんなだって、いつだって」

 志保の、そんな言葉は、しかし、ルナの胸には届かず、ただ虚空を彷徨い通り過ぎる。復讐は、この自分一人の手で行う。もう、決めたことだった。

 「情報担当だけは、任せておいて。ね、ルナ」

 「もちろんだよ、志保。でも、ディプロの始末は俺、一人で」

 志保は、遠くを見るような目つきで、うんと一回だけ頷いた。

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