無垢なる美しい捧げものだった。穢れを知らない少女こそ、捧げものとしてふさわしい。

 それを、確かに捧げたはずだった。自分の心の奥底に巣食う、偉大なる存在へと捧げたはずだった。ディプロ。

 ディプロは、大木に姿を変え、彼の眼前に屹立していた。そこへ、捧げたのだ。しかし、彼の内なる暗黒は答えることはなかった。世界を統べる存在へと飛翔する代わりに、ディプロは、次なる獲物を要求した。もっと、もっと――。

 悪は悪として生まれ、悪に貪り食われる。それが、おまえの運命だ。

 ディプロは、そんなことを言った。その日から、己の心が食われ始めた気がする。己自身が、ディプロへと捧げられていく。そんな絶望的な不安の中で、彼は、社会の影に潜むように、隠れて生き始めた。転々と住む場所を変え、危ない仕事に手を染め、幼少の頃のように、ただひたすら生きようとする意志のもと生き続けた。それは、死を恐れるが故の反動としての生だった。

 ディプロが、彼の心の中心に居座って、もうどれほどの月日がたったのか、彼にはいまや記憶にない。自分の年齢も、自分の名前さえも、もはやおぼろげで、それでいて、何か得体のしれないエネルギーが内に育っている気がする。彼自身は、ますます弱り果て、朽ちていくにもかかわらず。

 ああ、喰われているんだな、という自覚だけが、己という存在が、一体何者だったのかも忘却していく日常の中で、生々しかった。

 それと、もう一つ。首を切られる寸前に、あの美しき少女が発した悲鳴が、彼の欲望の熾火をいまもなお、熱し続けている。

 もう一度、と彼は、願った。このまま朽ちる前にもう一度。

 心の底の底で、ディプロが昏く笑っていた。

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