その学校を見つけたときが、運命だった。彼は、その場所に獲物の気配を嗅ぎ付けたのだ。狩猟場には、最適な場所だった。見張りを開始するために、学校の近くのアパートに住み始めた。サクリファイスを求める心の声は、より一層強くなっていた。

 そして、何より、力を、この世のものとは思われないほどの力を手に入れていた。まさしく物理的な力。異様なほどの握力を。

 その力は、内なる存在と語るうちに自然と身についていた。リンゴを軽々握りつぶすこともできた。己の中に、これほどの肉体的狂気が隠されていたことを知り、彼は狂喜した。いずれ、自分は、人間という下等な存在を支配する、覇者になるのだという予感に打ち震えた。

 そのためにも、捧げものをする、という行為は、彼にとっては神聖かつ、絶対的に必要な、使命のように思えた。この異様なる力は、覇者となるべく己に与えられた手始めにすぎないだろう。この力を怖れ、きっと彼の生みの親は、虐待を繰り返したのだと、彼は、自分を納得させるようになった。

 その通りだ、と内なる声が賛同する。捧げものによって、お前は、より上位なる存在へと結束するのだ、と声は強調する。そうだ、と彼は思った。人を超越した力が手に入るならば、人を殺すことなど造作なくできるに違いなかった。

 ここ最近では、内なる存在の姿かたちが漠然とだが、心の中にイメージとして見えるようになっていた。

 我は、ディプロ――。そう呼べ、と内なる存在は言った。お前の心は美味だ。いいところへ、やってきた。この居心地の良さ。もっと、もっと、ここにいさせてくれ。

 ディプロは、そう言って、彼を心酔させる。悪こそ、憎しみこそ、憎悪こそ、真の力の発現装置だ。お前は、生まれつきの悪。思う存分、世界を喰らい尽くそうぞ。

 ディプロ。それが、果たして自分の心の分身なのか、それとも独立した霊的な存在なのか、彼には知る由もなかったが、そんなことは彼にはどうでもいいことだった。ディプロは、世界に見捨てられた彼を、圧倒的な力で包み込んでくれる心強い味方だった。彼の唯一の味方だった。

 成人してからの彼には、ごく普通の人間なら持つであろう、優しさだったり、思いやりだったり、良心だったり、そういった感情がいっさい、欠落してしまっていた。だから、ある女にあなたって、なんて冷たい人間なのと言われたとき、一体、何を言われているのかまるで分からなかった。はじめて抱いた女だったけれど、肉体的快感は少なかった。くだらない、生き物だ、と思った。自分のことばかり考えて、人を罵倒する。

 首を絞めて殺しかけたが、神聖な殺人は、サクリファイスのためにこそあるので、女は放っておいた。何度もひっぱたいたので、顔痣がみみずばれのように、広がっていた。

 感情のない化け物と罵って、女は彼のもとを去っていったが、悲しみという感情すら、もはや持ち合わせていなかった彼にとって、その言葉は何の影響も与えなかった。彼の中に残っていたのは、純粋な我欲のみであり、究極的にはあらゆる存在物を支配したいという征服欲だった。

 それこそが、彼を生かしているすべてだった。

 やがて、自分が、世界の王になることが、巨大な空虚を埋め尽くす大望なのだった。それが、どんなに幼稚な願望であるかなど、彼には知る由もなかった。

 そのために、早く捧げものを見つけ出さなければならなかった。

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