社会の授業中、健一は眠い目を擦りながら、昨日の夜のことを考えていた。一体、どうして、あれほど母は、うろたえたのか。まるで、気が動転して、おかしくなってしまったみたいだった。

 逃げるようにトイレへ駆け込んだ後、食べた唐揚げを全部、吐き戻してしまって、なおも胃液を吐き出していた。どうしていいか分からなかった健一は、ずっと母に声をかけ、彼女の背中をさすっていた。

 母に小学生時代の話を聞いたことがなかったから、それが、きっかけで母の心に何か変化が起きたのは間違いなかった。健一が、その話を切り出したときから、すでに、母の様子は変だったのだ。それは、あのアルバムを見つけた時の、母の様子にどこか似ていた。

 思い出したくないことがきっとあるのだ、と健一は思った。母をあれほど動揺させる何かが、小学生時代にあったのではないだろうか。健一の問いかけが、きっかけでその嫌な思い出を呼び覚ましてしまったのではないか。いじめ、不登校、そういったありふれた事柄ではないような気がする。なにか、もっと酷いことが・・・・・・。

 と、健一の思考を遮るように、終業のベルが鳴った。健一は、無理矢理に白昼夢から引きずり出されたような顔をして、辺りを見回した。一瞬にして、ざわざわと、教室中が騒がしくなる。退屈な授業から解放された、いつもの風景だ。

 そのやかましさに紛れるようにして、さっそく、良治たちが健一のもとへとやってきた。健一は、嫌な予感がした。

 「今週の日曜日ということに、決まったぜ、健一。そういえば、坂下の奴も行くんだろ?」

 良治のはつらつとした声に、健一はどこか虚ろな声で返事をした。

 「え? ああ、うん、行くと思うよ」

 こういうことは、健一の同意もなく、いつも勝手に決まってしまう。そうして、事後報告のように、最後に健一に知らされるのだ。いまさら行くのはやめようとも言えないし、健一の意見はまず、通らない。やばそうだから、やめようなどと言おうものなら、良治の感情に燃料を与えるだけだ。

 だが、その健一の心情を汲み取ったかのように、信二が言った。

 「本当のところ、俺は、よした方がいいと思ってるんだ。あれは、危険なものかもしれない。実際のところ、あんなものを見るとは、まさか思ってなかったよ。健一は、行きたいのか?」

 信二に問われて、健一はまごついた。すんでのところで、昨夜の母のことを話しそうになる。満は、どう思っているのだろう。彼も行きたくないと思っていれば、さすがに良治だって、断念するかもしれない。

 「満は、どうなんだ?」

 健一は、探るように満に話題を振った。彼は、どこか興味なさそうに、鉛筆をくるくると回していた。

 「楽しそうじゃん。最近、退屈なことばっかじゃん。たまには、そういうのもいいんじゃない」

 そう言って、わっと健一を驚かす素振りを見せた。鉛筆が、満の指の間から落ち、ころころと床を転がっていく。

 「じゃあ、決まりな。坂下への連絡は、お前に任せるよ」

 結局、健一の意見は勝手に賛成票としてカウントされたようだ。

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