第16話 彼の名は
村の入口にいつも座り、出入りを見守る老人が居た。
村の最長老、ゲン爺と呼ばれる老人が居た。
最長老なので当然、彼が生まれた時の事を知る者はいない。
一応70だの80だのといわれてはいるが、本当の歳は誰も知らない。
村の誰もが子供の頃からゲン爺と呼んでいた。
その日の騒動の発端は、小さな子供の素朴な疑問だった。
「ゲン爺って、なんて名前なの?」
たまにおかしな事を言う、5歳児ジョシュの何気ないひとこと。
「ゲンじゃないのか?」
さして興味なさそうなマシュー。
「そんな名前ないだろう。ゲンゴロウとかじゃないか?」
さらにおかしくするジャレッド。
「そんなの可愛くないよ。ゲレゲレとかだと思うな」
少し『可愛い』の感覚が独特なミシェル。
「ニロは知ってる?」
じじいの名を考えたくもないのか、隣りの幼馴染みにふるネア。
「さぁ……そういや知らないな。大人たちなら知っているかな」
少し考えたが、まるで何も思い浮かばなかったニロ。
「よし! 知っている大人を探しに行こう」
リアムが勢いだけで立ち上がり走り出す。
やれやれと、皆も後へ続く子供たち。
こうして子供達の暇つぶし、ゲン爺の名前探しが始まった。
「ねぇねぇ。ゲン爺ってなんて名前なのー」
リアムが畑に向かって叫ぶ。
子供達に見つかった第一村人は、畑仕事をしていたイーガンだった。
「ゲン爺? そりゃあ……あれ? なんだったかなぁ」
すぐには思い出せないようだ。
元プレイボーイも歳なのだろうか。
「イーガンが子供の頃はなんて読んでたのさ」
昔の記憶を蘇らせようと、マシューが訊ねる。
「ん~……いや、ガキの頃からゲン爺はゲン爺だったぞ」
「いくつなんだよゲン爺」
呆れたジャレッドのひとことを残し、子供達は次の大人を探しに走る。
「ゲン爺って、なんでゲン爺なのー」
リアムが蚕の世話をするマルゴーに訊ねる。
「ゲン爺だって? そりゃあ……なんでだっけねぇ」
マルゴーも思い出せないようだ。
「マルゴーの歳でも知らないなら、もう無理じゃないか?」
興味もないので、諦めようと言い出すマシュー。
「やぁだぁ! まだ聞くー」
「ゲン爺ってなんて名前なのー」
窓から覗き込んで訊ねるミシェル。
「ゲン爺ねぇ。私が子供の頃からゲン爺だったねぇ」
大きな丸太を
「ゲン爺ってなんでゲン爺なのー」
村中を駆けまわり、ゲン爺の名前を訊ねて行く子供達。
「ゲン爺はゲン爺だろ」
「名前がゲン爺だよ」
「昔からゲン爺だったな」
「うちの爺さんが子供の頃からゲン爺だったよ」
誰も知らないゲン爺の名前。
年齢すら誰も正確には、把握していなかった。
「そうだ!」
村じゅう駆け回って、何か閃いたリアムが叫ぶ。
「もう、誰も知らないってー」
そんな事を言いだすネアは、もう飽きて来たようだ。
それでもリアムが、閃いた名案を話す。
「ゲン爺の名前なんだから、ゲン爺に聞けばいいんだよ」
「「あ……」」
何故、誰も気が付かなかったのか。
すぐそこに居る本人を忘れ、村中を駆けまわっていた。
ゲン爺は今日も変わらずそこに居る。
村の外れの家。
自宅のウッドデッキの大きな椅子に腰かけ、村の出入りを見守っていた。
「ほっほっほ。今日も元気一杯に走り回っておるのぉ」
駆け回る子供達を、ずっと見守っていたようだ。
「ゲン爺~。まったく無駄に走り回ったよぉ」
リアムがゲン爺に駆け寄る。
「まったく。もっと早くに気付けよリアム」
全てをリアムの所為にしようとするマシュー。
「なんで誰も気付かなかったんだ……」
当たり前の事に気付けなかったと、落ち込んでいるジャレッドだった。
「ほらジョシュ。聞いてみな」
最初に疑問を持った、ジョシュの背を押すニロ。
「ゲン爺の名前ってなんてーのー?」
にこにこと微笑むゲン爺が、ゆっくりと口を開く。
「なんじゃったかのぉ~。もう忘れちまったわ~」
「はぁ? 自分の名前まで忘れちゃったの?」
予想外の答えにミシェルが怒鳴る。
「ほっほっほ。すまんのぉミシェルや」
自分の名前は忘れても、子供達の名は覚えているようだ。
「ええ~。結局謎のままか~」
その場に座り込むリアム。
リアムを囲み、皆が苦笑いであきらめていた。
そんな子供達から離れ、一人読書を続ける少年ルーク。
本から顔も上げずに、溜息を一つ吐く。
「最長老だからって人間じゃないか。なんて名前なのさ、エン爺」
もたれかかった何千年もの樹齢の大木。
長く村を見守るエントのエン爺に訊ねるルーク。
「あの子はな~、ゲーニッツという名だったな~」
「ほんと……この村の年寄りは、子供たちの名前だけは忘れないよね」
そんな何気ない、なんでもない日常。
それが特別な事だったと、彼が知るのはもう少し後だった……
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