第15話 森に棲む者

「やぁ、待ってたよフォード」

「よぉ、また頼むよ。少し分けてくれ」

「この辺りが丁度育ってるよ。そこらのは、全部持ってって平気だからね~」

「おっ、今回も太くって元気に育ってんなぁ」

 教会の建つ丘の裏、日中でも陽が当たらずにジメジメとした一画。

 村の雑用係フォードは、キノコ狩りに来ていた。

 キノコの番人は細い手足の生えた、しゃべる赤黒いキノコだった。


 そんな頃子供達は結界間際、エン爺のそばで集まっていた。

「エン爺が見ててくれるけど、結界が近いから気をつけろよ」

「夢中になって結界から出るんじゃないぞ」

 フォードの代わりに、マシューとジャレッドが子供たちに声を掛ける。

「だいじょうぶだよ」

「はやくはやくぅ。早くはじめよっ」

 リアムとミシェルは待ちきれないようで、早く始めようと急かす。

「……帰りたい」

 無理矢理連れて来られたルークは、早く帰って本が読みたいようだ。

「ふふっ、ルークも頑張ってね」

 珍しく子守りの手伝いに出て来た、機織りのジーナが微笑んで見守っている。

 まだ小さいジョシュを、ネアとジーナで構ってやっていた。


 ロープの両端に石を結んだだけの道具。

 狩りにも使われるボーラと呼ばれる、原始的な道具を振り回す子供達。

 村の子供達の間で流行っている遊びだった。

 それぞれが決められた場所からボーラを投げる。

 巻き付いた木の本数を競う、単純な遊びだった。

 誰かの獲った木でも、より低い位置に巻き付けられれば、木を奪える。

 猪などの足首を狙って投げる練習に丁度いい遊びだった。

 男の子に混じって、何故かミシェルだけはこれが好きだった。


 猟師だけが山で狩りを行うが、子供達には基本的な狩りと道具は教えていた。

 一人でも獲物を獲って暮らせるように。

 平和な村でもいつ誰が死ぬか分からない、そんな厳しい環境ではあった。


「あぁっ! はずれたぁ」

 簡単なつくりの道具ではあるが、獲物に当て、絡みつかせるのは簡単でもない。

 外れて飛んで行ったボーラを拾いに走るリアム。

「いまだ……そこぉ!」

 気合一発、ミシェルの放った唸るボーラが、走るリアムの両足を絡み取る。

 さらに続けて投げていたボーラが、両腕ごと体に巻き付いた。

 両手両足を絡み取られたリアムが、無様に転がる。

「ああっ! ありがとうございますっ!」

「うわぁ……きもちわるい」

 倒れながら、お礼の言葉を叫ぶリアムを、冷たい目で見下ろすミシェル。

「ああっ! そんな目で蔑まないでっ……なんか、なんか変になっちゃう」

 まぁ……転がるリアムは楽しそうだ。


 子供達が村へ帰って行った後、少しの差でニロが戻って来た。

 今日は練習がてら一人で、結界近くの罠を見回っていたニロだった。

「おかえり~ニロ~。もう、一人でも大丈夫だなぁ~」

 他の木に意識を移し、ずっと見守っていたエン爺が出迎える。

「ただいまエン爺。もうすぐ成人の儀だからね」

 もうすぐ14才になるニロ。

 来年からは一人前の猟師として、一人で山へ入る事になっていた。

 そんなニロを待っていた子供がひとり。


「おかえりニロ」

「ただいまルーク。こんなとこでどうしたんだい」

 彼が一人で外に居るなんて珍しい事だ。

「待ってたんだ。いっぱい練習したから……」

 ルークの手にはボーラがあった。

 滅多に外で遊ばないルークだったが、ボーラの練習をしていたようだ。

「今日は、もうすぐ暗くなっちゃうよ? 明日にしないかい」

「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」

 ボーラの束を握りしめ、必死に首を振り頼み込むルーク。

 そこへエン爺も口を添える。

「ずぅっと練習して待っていたんじゃ~。ニロも疲れていようがなぁ~、すこぉしだけ、相手してやってくれんか~」

「珍しい事を言うねエン爺。分かった、いいよ。今日は獲物もないしね」

「やった」

 ちいさく拳を胸の前で握り、喜ぶルーク。

 よほど頑張って練習したのだろう。


「おっ、上手くなったじゃないかルーク」

「へへっ……いっぱい練習したんだ」

 他の子供達がいないからか、いつもよりも素直なルーク。

 ながら微笑む姿は可愛らしいが、ニロは手を抜きはしない。

「でも、まだまだっ」

 ルークが巻き付けたボーラの下へ、地面ぎりぎりの低い位置へ、ニロのボーラが次々と巻き付いていく。

「ああっ……そんなぁ」

「はははっ、まだまだ位置が高すぎるよルーク」

「まだまだかぁ」


 夢中で遊び、日が暮れてきてしまう。

「暗くなってきたね。そろそろ帰ろうか」

「う、うん」

「じゃあエン爺、また明日。さぁ帰ろうかルーク」

「さ、先に行ってて。ちょっとエン爺と話してから帰るから」

「そうかい? すぐに暗くなるよ?」

「大丈夫だよ。エン爺もいるし、すぐ帰るから」

「まぁ、いいけど……じゃあ先に帰るよ」

「うん。ありがとう。また明日ね」


 エン爺がいるから……結界から出るわけでもないから。

 ニロはエン爺に任せて村へ向かう。

 実は遊んでいるあいだも、ずっと気になっていた。

 ルークの立っていた位置は……結界の中だったか?

 結界は目に見えるものではない。

 エン爺には見えているようで、村人が出ないように見守っている。

 さっきまでルークが居た位置は、ギリギリだが結界の外な気がしていた。

 エン爺が何も言わないので、気のせいかと黙っていたが。


 村へ入ったニロの家の前をルークが歩いていた。

「ルーク」

「ん? あぁ、おかえりニロ」

「こんなとこで、何してるんだルーク」

「またいつものさ。やっとリアムから逃れて帰るとこだよ」

「そ、そうかい。気をつけてな」

「……? うん。おやすみニロ」

 いつもの大きな本を抱えたルークを、見送るニロ。

「じゃあ、アレは誰だったんだ……」


「エント、ありがとう」

 ニロの姿が村へ入るまで見送ったルークが、エン爺に感謝の言葉をかける。

「あぁ、今回だけじゃぞぉ~」

「うん。わかってるよ」

 ルークだったものが、ドロッと溶けるように崩れる。

 その表面が崩れ落ち、黒く暗い影のような人型へ変わる。

 表情も何もない顔が村を見つめる。

 その気持ちは憧れなのか、羨んでいたのか。

 少年のような影は、もう何も言わずに森へ帰って行った。


 人の生活に憧れ、人に紛れて暮らす者が、森の奥に居るという。

 人の姿を真似、その人物と入れ替わって暮らすという。

 沼地で人を待ち、通りがかった人間を沼に沈めるともいわれる。

 だが、人を襲う姿を見た者は居ない。

 人に憧れるが、人とは相容れぬ魔物。

 森に隠れ住むヒトのようなナニカ。

 彼等はドッペルゲンガーとも呼ばれていた。

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