第14話 薬草採取と命の暖かさ
母親の薬草を
そうねだるマシューに押し負け、仕方なく彼を
「本当に魔獣は危険なんだ。絶対に言う事を聞いてよマシュー」
「わぁかってるって。ちゃんとお前の言う通りにするって」
やっと森に入れたからか、妙に浮かれるマシュー。
魔獣以外にも、自然の怖さを教え込まれているニロ。
ため息しかでない厄介な頼みではあるが、ニロもマシューが森へ行きたい理由を知っているので、断り切れなかった。
体の弱い母に、森の薬草を届けたい。
仕方なく、ダニエレとゲン爺とエン爺の許可をとったニロだった。
「マシューは、まぁた森に行ってるのか」
元プレイボーイ、農家のイーガンがマシューの母、マノンに話しかける。
「そうなのよイーガン。ジョンの薬があるからいいって言ってるのに」
困り顔のマノンを神父のピエトロが
「まぁまぁ。森の薬草は
「そうさ、母親の為に森の奥まで行こうなんて、
命懸けで危険な森へ入り、わざわざ採って来るほどの物でもなさそうだった。
マシューの気持ちが天に通じたのか、運良く今日は魔獣が少なかった。
「これなら魔獣に会わずに済みそうだね」
「そうか。どっさり採って帰るぞ」
危険を避け、遠回りはしたが、二人は森の奥へ無事に辿り着く。
「一緒に集めたいとこだけど、ぼくは周りを警戒しているからね」
「おう。ここまで来れれば大丈夫さ。ちゃんと薬草は覚えてるよ」
「たくさん持って帰れば、きっとマノンも元気になるよ」
「へへっ、そうだな。ついでに俺も猟師になるかな。果樹園より猟師の方が合ってるような気がするんだよ、きっと、俺はな。ひひっ」
笑いながら薬草を摘み取るマシューだった。
陽が高くなる頃、籠一杯の薬草を集めたマシュー。
汗みずくで泥だらけだが、幼子のような笑顔で
「これだけあれば、薬がひと瓶は作れるな」
「帰りは、ウサギ用の罠も見ていこうか。ついでの肉も獲れるかもしれないよ」
「そうだな、早く戻ろうぜ。帰りも頼むぞニロ」
注) 水漬くだと『みづく』ですが、『あせみずく』だと『ず』になる辞書が多いようです。不思議ですね。
漬くなので、『つ』が濁ったはずですが、辞書によって変わります。
因みに「現代仮名遣い」では「ず」を本則、「づ」も許容とする。と、あります。
令和版「現代仮名遣い」ではどうなるのでしょうね。
周囲を警戒しながら駆けるニロが、村に近い木陰で止まる。
「はぁ……はぁ……な、なんか……はっ、はぁ……かかってたか?」
必死に後を追っていたマシューが、激しく息を乱して吐きそうになっていた。
「ウサギがかかってるよ」
ニロがマシューに罠を見せる。
そこそこのサイズで1mないくらいだが、太っていて美味しそうだ。
「おおっ。丸々太ったウサギだな」
「持ってて……」
「お、おうっ……おおっ、ふわふわだな」
マシューの手に罠から外したウサギを渡すニロ。
「どぉ? 柔らくてふわふわであたたかいだろ」
「あ~、あったかいなぁ」
「血が流れて生きているからね。それが命だよ」
「え? そ、そっか……お、おい……何する気だよ」
しゃがんでウサギを抱いたまま、マシューがニロを見上げる。
ニロは長く太い大型のナイフを取り出し、反転して柄をマシューに向ける。
「さぁ、ここだよ。ここから心臓へ向けて刺すんだ。すぐに血抜きしないとね」
ナイフを渡したニロが、ウサギの肩の辺りを指差す。
「へぁ? な、何言ってるんだよ。出来ないよ、そんな事」
「猟師は皆、始めに教えられる事さ。ぼくらは命を奪っているんだって」
泣きそうな顔でナイフを手放すマシュー。
彼は狩りを、肉を獲るという事、その意味を考えていなかった。
それは彼だけの事ではなかったが。
「遊びで、軽い気持ちで殺しちゃいけないんだ……ってことさ」
マシューが見た事もなかった真剣な顔が、いつものニロに戻って笑った。
ナイフを拾ったニロはウサギを受け取り、一刺しで仕留めて血を抜く。
手のひらサイズの小型ウサギなら、ナイフなしでもワタを出せたり、腹を割いて腸も血も抜き取ったりするところだが、この大きさだと毛皮も
腹は裂いて、肉の熱を冷ましたいが、村が近いのでこのまま持って帰る。
血の臭いに誘われて、魔獣が寄って来るかも知れない。
川より村へ走る方が早かった。
注) 野兎は病気を持っているものもいます。
素手でハラワタに触れる事は避けてください。
飼育されている兎のハラワタを、いじくる事を推奨しているわけではありません。
勘違いしないようにご注意ください。
解体時はゴム手袋などを使用しましょう。
「俺……猟師には向いてないかも知れない」
マシューがぼそっと口にする。
「……かもね。笑いながら殺す人じゃなくて良かったよマシュー」
「笑いながらは、草を毟るくらいで精一杯だな」
笑いながら、マノンへの薬草を持ち帰るマシューだった。
手ずから薬を作り、母へ飲ませるのを楽しみに。
薬草から薬を作るのには数日かかる。
なにもなければすうじつでくすりはできる。
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