第13話 湖を見守る猫

 フォードが見守る中、村の子供達は湖に集まっていた。

 村の裏、湖の途中までは結界の内側なので、村側の岸近くならば水遊びが出来た。

 子供達の見守り役――今の世代だとフォード――がいないと、子供は湖に近寄ってはいけないのが村の決まりであった。

 水が危ないというだけでなく、結界を越えると魔獣がいる危険な場所だった。

 そんな湖に、子供達が無邪気に飛び込んでいく。


「ひゃっはー!」

 先頭きってリアムが飛び込んだ。

「なんだそれは」

 リアムの奇声に、フォードが呆れた顔を向ける。

「ジョシュが考えたの!」

 一番小さなジョシュは、たまにおかしな事を言いだす。

 五才の子の奇声を真似しただけだったようだ。

「ひーはー!」

 続いてマシューも奇声をあげて湖に飛び込む。

「ひーはー!」

 ジョシュの奇声が流行っているようで、鍛冶屋のジャレッドも飛び込んだ。

 流行らせた当のジョシュは、ルークと岸辺でパシャパシャやっている。

 それを見守り、ジョシュが水へ落ちないよう掴んでいるジーナ。

 ひと際大きな飛沫を飛ばしてニロも勢いよく飛び込む。

「おお~い! ネア! ミシェル! 早く来いよぉ」


 岸辺の岩に腰掛け、呆れ顔で眺めるネアがため息を吐く。

「はい、はい。まぁったく、いつまでたっても子供なんだから」

「あ~あ、なんであんなの好きになったんだろう?」

「なによソレ」

「ふふっ、ネアが考えている事を代わりに……ね?」

「そんな事おもってないもん。ただ呆れてただけだよ」

「ね~。ほんと男って子供なんだから」

 ネアをからかうミシェルも、服を脱ぐ様子もなく岩に腰掛ける。


 水着なんてものは当然存在しない山間やまあいの集落。

 全員まっぱで飛び込んでいく。

 子供達は当たり前に全裸で湖に飛び込んでいた。

「はぁ~……脱ぐわけないじゃないの。もう子供じゃないんだから」

「まったく男どもは、いつまでたってもガキなんだから」

 難しいお年頃のネアとミシェルだった。

 彼女たちも気付いていないが、子供達もジーナに脱げとは言わない。

 男の子たちが、何を基準にしているかは謎だが。


「やっぱり湖に来たらこっちだよね~」

「そうそう。あっ、いたいた。またおっきくなった?」

 ネアとミシェルの二人が岩陰に座るに逢いに行く。

 いつも変わらずソコに居る大きなネコ。

 丸々と太った身体にふわふわの短い毛。

 短い手足を投げだし、だらしなく座る姿はおっさんのようだった。

 二人が近付いても目玉だけがきょろきょろと動くだけ。

 逃げ出しもしない猫に、両側から二人が抱き着き顔をうずめる。

 二人よりも頭一つ大きい猫は、されるがまま大人しくしていた。

「きゃーふわふわ~」

「ふふっ、ぷよぷよ~」

 ふわふわの毛並みも、ぷよぷよの脇腹も、ぷにぷにの肉球すらも。

 まるで抵抗しない猫は、いくらでも触り放題だった。

「やっぱこれだよね~」

「ね~」


 湖畔に座る猫は動かない。

 今日も昨日も去年も一昨年も。

 湖畔の猫は鳴かない。

 朝も夜も誰が来ようとも。

 それは猫ではなく、猫に見える植物だった。

 村ではネコ草と呼ばれる珍しい植物。

 何故猫なのか、何故湖の岩陰にしか生えないのか。

 多くは謎のまま、ネコ草は今日も撫でまわされる。

 目だけは動くが植物なので、当然何も見えはしない。

 目のように見えるというだけの、謎の器官であった。


「ね~こ~!」

 ぷよぷよふわふわを堪能している所へ、リアムが叫びながら飛び込んだ。

「あー! バカぁ」

「あはははっ! ねこ~」

 笑いながら猫に抱き着くリアム。

 濡れたリアムの身体から、ネコ草が水を吸い取っていく。

「あ~あ。水吸っちゃったぁ」

 猫好きなミシェルは、かなしげにしおれてしまう。

「これはこれで良いじゃない」

 水を吸った姿も好きなネアは、笑顔でリアムを湖に蹴り落とす。

「え~、ねこのほーがいいよ~。顔がかわいくない~」

 水を吸ったネコ草は、渇くまで姿を犬に変える。

 もこもこふわふわの大型犬。

 ちょっといかつい表情になり、ハスキーな感じの犬になる。

「ふふっ、アタシはこっちも好き~」

 ネアは凛々しくなったネコ草を嬉しそうに撫でていた。


 そんな無邪気な子供たちを、対岸から睨むように見つめる目。

 森の魔獣たちの餓えた目が、子供たちを見つめていた。

 だが結界に阻まれ、それ以上は近寄れない。

 村へは入って来られない魔獣を恐れることもなく、平和なときは過ぎる。

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