第10話 薬師の娘
「かあさん調子はどう? 今日は顔色も良いみたい」
「今日は少し起きられそうよ」
青白い顔で寝ている母の手を握る。
仕事の合い間に父も様子を見に来た。
「まだ寝ていなきゃいけないよ。ゆっくり休みなさい」
「ごめんなさいジョン」
「謝る事なんてないんだよアリーゼ。今度の薬はきっと効くからね」
薬草を摘んで来て薬を作る薬師の父。
ずっと体が弱くて、寝たり起きたりを繰り返す母。
それでも二人は仲が良い。
この国では珍しく、同じ家で一緒に暮らしているくらいに仲が良い。
「父さんの薬は良く効くってみんな言ってるよ。絶対良くなるよ」
「そうね、たまには薬草摘みにも行かなきゃね」
とうさんの薬を飲み、かあさんは優しくほほえんでくれる。
「今日は母さんと一緒にいられるから、ゆっくり行ってきなさいネア」
「ふふっ、そろそろ帰ってくるものね」
「なによ……なんのはなし?」
二人がアタシに出かけても大丈夫だと笑いかけて来る。
何しに行くのか分かっている顔だが、恥ずかしくてとぼけてみる。
「まぁまぁ、いいから行っておいで」
「そうよ、お父さんと二人きりで過ごしたいから、行ってらっしゃい」
どこまで本気か分からない理由で送り出される。
「はいはい。ごゆっくりどうぞ」
仕方なく、本当に仕方なく家を出て、皆が『エン爺』と呼ぶエントが立つ村の入口へ向かって歩き出す。
「おや、ネア。もう帰ってくるだろうよ」
「ハイ、イーガン。そうね、そろそろね」
村への道はエントわきの道だけしかない。
「やあネア。大丈夫さ、今日は帰って来るだろうよ」
「そうねマノン。そろそろね」
湖や川を泳いで渡ったり、断崖絶壁を登ったりすれば別だけど。
「今日も出迎えかいネア。そろそろ帰ってくるだろうさ」
「ジェーン。別に待ち焦がれてる訳じゃないんだけどね」
藪を掻き分けるとエントが嫌がるから、一つしかない道を通るしかない。
猟に出た二人が帰る時も、その道から帰って来るしかない。
しかないんだけど……すれ違う村人みんなが、おんなじ事で声を掛けて来る。
そりゃあ毎日エントの所まで行ってるけど。
別にあいつを出迎えに行って、あいつの帰りを待っている訳じゃないのに。
「あら、ステーシー。久しぶりね元気だった?」
「にゃ~」
たまに見かける彼女はステーシー。
アタシが勝手に、そう呼んでいるだけだけどね。
彼女はすごいの。
真っ白な毛並みにブラウンの線が入った、綺麗な野生の山猫。
何がすごいって、猫なのにしゃべらないの。
「ふふっ、あなたは猫なのに『にゃ~』なんて。ふふっ、おかしな子ね」
エントも鳥も犬も猫も、村の動物? は皆、人と同じ言葉なのに。
「にゃ~」
ステーシーは甘えん坊みたい。
しゃがんだアタシに、いつも擦り寄って来る。
甘えた声を出して、頭をこすりつけて来る。
「も~しょーがないな~」
ノドを撫でてやると、気持ちよさそうに横になっておなかを見せる。
これをやられるともうダメだ。
いつも我慢できずに、時の経つのも忘れて撫でまわすことになる。
「なんだネア、まだこんなとこに居たのか」
「へ? あ……またやられた。きっと魅了魔法ってやつね」
後ろから声を掛けられ、アタシは正気に戻った。
「またステーシーかよ。早くしないとアイツが帰ってくるぞ」
「ばっ、ばか言って……暇だからエントの様子を見に行くだけだから」
「はいはい。猫なんて
「っ! うっさいマシュー、
「どこをだよ。まったく恐い女だな。あいつも大変だ」
「マシューっ!」
「うへぇ。恐い恐い」
首をすくめて駆けて行くマシュー。
まったく。
アタシは別にアイツのことなんて。
肉。そう、肉が来るのが待ちきれないだけよ。
うん。大事な用事を思い出した。
猫と
村の唯一の猟師ダニエレが、もうすぐ猟から帰って来るんだ。
いつも通りなら、もう帰ってくるはずだ。
見習い扱いで一緒について行ったアイツなんて、別に心配してないけど、アタシと同じ13才なのに、魔獣も棲む森に入るのは危ないんじゃないかなぁ。
幼馴染として、ちょっとだけ。ちょっとだけ気になってるだけだから。
「おお、ネアか。いつもご苦労じゃの」
「……べつに。エントの様子を見に行くだけだから」
村外れで、ゲン爺にまで声を掛けられる。
まるで毎日心配で見に来てるみたいじゃない。
アタシだって暇じゃないんだから、毎日見に来てる訳じゃない。
猟に出た初日は、見に来てないもん。
……泊りだって知ってたから。
「丁度良いところへ来たなネア~。もうすぐ~二人が見えるぞ~」
結界の手前に立つエントが、アタシを見つけて声を掛けてきた。
帰って来た!
「ほんとっ?! ふたりとも無事なのっ? あっ、見えたっ!」
「落ち着きなさいネア~。怪我もないし~獲物も獲れたようだぞ~」
もうエントの声も聞こえない。
獲物を担いだダニエレの後ろにアイツが見えた。
結界ぎりぎりまで駆けて、大きくブンブンと手を振る。
アイツも気付いて片手をあげた。
もう一方の手には何か、小動物だろか獲物を掴んでいた。
アイツが獲ったのかな。
ケガとかはしてないみたい。
今夜は、久しぶりのおにくだ!
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