第8話 小麦農家の子

「じゃあルーク、母さんは畑に行くからね」

「うん。いってらっしゃい母さん。本読んで待ってるから平気だよ」

「そうね。隊商キャラバンが来たら、また本を買いましょうね」

「うん。次はいつ来るかなぁ。楽しみだな~」

「ふふふっ、大人しく待っててね」

 母さんが畑に出て行く。

 僕はまだ11才。小さくて母さんを手伝えないから留守番だ。

 草むしりくらいは手伝うけれどもね。


「あらジェーン。これから畑?」

「そうよマノン。あなたもこれから?」

「そうなの。そろそろ果樹園も収穫だっていうのに、マシューったらどこへ行ってるのやら。まったく手伝わないんだから、嫌になっちゃうわ」

「ふふっ、マシューは優しい子だから、ちゃんと考えてるわよ」

「そうかしらね~。ルークはいいわよねぇ、大人しくて」

「そうね~。本は高いけれど、あれだけあれば、ずうっと読んでるわ」

 果樹園に向かうマノンに会ったようだ。

 またマシューは手伝わずに、どっか行ってるみたいだ。

 どうせ森に入りたいとか言ってるんだろう。

 そんな事より本を読もう。


 本は村ではつくっていない。

 隊商が寄った時にだけ購入できるのだ。

 母さんの育てた小麦は、村の皆の食料となる。

 その代わりに毛皮や服を貰える。

 村の絹糸や毛皮は、王都まで持っていくと高く売れるらしい。

 そんな品物を売って、高価な本を買ってもらうんだ。

 家で一人、母さんに買って貰った本を読むのが、僕の至福のひとときだ。


 愛読書はアーネストの『世界の魔獣』だ。

 魔獣と呼ばれるモンスターを、丁寧な挿絵つきで詳しく解説した図鑑だ。

 彼は別の大陸からやってきたらしく、別大陸の動物との比較が面白い。

 彼は若い頃、この大陸に流れ着いたらしい。

 故郷くにに帰れなくて悩んでいる時、楽しそうに笑うように鳴く鳥の魔獣に腹を立て、弓で射殺したそうだ。

 その魔獣の腹は、寄生虫でいっぱいだったらしい。

 苦しみながらも、懸命に生きていた魔獣に感動したそうだ。

 それから魔獣の研究を始め、一冊の本にまとめた凄い人だ。

 毎日持ち歩いているので擦り切れて、表紙なんて読めなくなっている。

 同じようなもので、ジャンの昆虫図鑑も持っている。

 でも虫は、ちょっと苦手だ。


 最近読んでいるのは結界魔法の本だ。

 まだ難しくて、よく分からない部分が多いけれど。

 この村は結界に囲まれて護られている。

 誰だか分からないけど、昔の人が張った結界らしい。

 そのおかげで、魔獣に襲われずに暮らしていられる。


 大人たちですら、何故か誰も疑わない。

 誰が、何故張ったのか。

 何も分からないのに、それが何時までも続くと、なぜ疑わずに暮らせるのだろう。

 昨日まで大丈夫だったからといって、明日も大丈夫だとは限らない。

 ……と、ぼくは想う。

 村を囲む結界がどんなものなのか、詳しい効果を調べたい。

 それが理由で結界魔法を調べ始めた。


 まだまだ分からない事は多いけど、分かって来た事もある。

 エン爺を起点にした魔法のようで、エン爺の背中に起動式が描かれていた。

 エン爺に聞いても、いつから結界があるのか分からなかった。

 たぶんゲン爺と一緒で、少しボケてきているようだ。

 結界は魔獣、魔物のように、その身に瘴気を持つものは通れないようだ。

 エン爺は、頑張れば通り抜けられるらしい。

 その前にエン爺が移動できる事に驚いたけど。

 その起源は分からないけど、期限については分かってきた。

 エン爺が生きてる内は、時間で切れる事はなさそうだ。

 だが、結界を内側からなら解く方法はあるようだ。

 リアムやマシュー辺りに知られたら、やらかしそうで怖いな。


 結界を張るのは難しくて、ぼくには出来そうになかった。

 魔力ってのも必要みたいだ。

 でも……張られた結界を無効化するのは、内側からなら難しくはなさそうだ。

 つまり、村を包む結界を解く事なら出来るって事だ。

 そう、何も出来ないぼくにでも……その気になれば出来そうだ。

 本が読めなくなるのは困るので、結界はそのままにしておこう。

 まだしばらくは、エン爺も死なないだろうしね。


「る~くぅ~!」

 めんどうなのに見つかった。

 エン爺の根元に座って、本を読んでいたぼくは眉をひそめる。

「ジョシュ……みんなに見つかっちゃうから、静かにしてて」

 寄りかかっていたエン爺の陰に隠れるように、小さくなってジョシュに声を掛けるが、既に遅かったようだ。

「見つけたぞルーク」

「でかしたぞジョシュ。良く見つけたなぁ」

「まぁた、本なんて読んでんのかルーク。さぁ、遊ぶぞぉ!」

 うるさい奴らに見つかってしまった。

「ぼくは一人で本を読みたいんだよ」

 無駄だと解っているが、一応抵抗してみる。


「大丈夫だ。一緒に遊ぼう」

 リアムにジョシュにマシューとジャレッドまでいる。

 ぼくの話なんて、いつも通り聞きやしない。

 一緒に遊んでやると、いつものようにわけのわからない事を言う。

 ぼくは一人でいたいのに。

 あいつらは、一人で本を読んでいるのは可哀相だと思っている。

 どういう理屈なのか分からない。


「はぁ~……うるさいのに見つかったな。仕方ないなぁ、お昼までだよ」

 まだ小さなジョシュも居る事だし、少しだけなら遊んでやるか。

 今日も憩いのひとときは、ふいに終わりを告げる。

 仕方なく、仕方なく構ってやる事にしようか。

 さて、今日は何して遊ぶのか。

 ぼくは、なんとかごまかして、早く帰る事しか考えていない。


 何も考えず、無邪気に遊ぶあいつらは、急に結界が解けたらどうするだろう。

 魔獣が村に入ってきたら、あいつらはどうするだろうか。

 あぁ、そういえばピエトロがいたっけ。

 丘の上の教会の神父がいたんだ。

 大地の神マルソーを信仰している神父が。

 神の奇跡だとかで村を救ったりするのだろうか。


 次の隊商が来たら、今度はマルソーの本でも買って貰おうかな。

 今まで気にしていなかったから、どんな神様なのか知らないんだ。

 そういえば隊商が来る隣の国は女神を信仰していたっけ。

 宗教関係の本も面白そうだな。


「おいルーク! ぼぉっとしてんなよ」

 マシューが離れたところで怒鳴ってる。

「はっはっはっルークはしようがないなぁ」

 ジャレッドが笑ってる。

「本ばっか読んでるからだよ」

 リアムも一緒に笑ってる。

「るーく、行こっ」

 ぼくの手をひくジョシュ。


 今日も、何が楽しいのか、外で遊ぶやつらに付き合わされる。

 一人でゆっくり本が読みたいのに。

 読書の何がいけないのか。

 くだらない遊びに興じるのは、そんなに偉い事なのか。

 まったく、頭からっぽのどうしようもないやつらだ。


 そんな事を考えながら、今日も仕方なく付き合ってやる。

 ぼくはなんて大人なんだろう。

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