第7話 解体屋

 親父がナイフを研ぐのを脇から見ている。

 あんまり楽しいものじゃないけれど。

「お前も、そろそろ自分の道具を持ってもいい頃かもな」

 顔も上げずに親父がボソッと、そんな事を言った。

「普通のナイフなら、一人でも研げるようになったよ」

 今、親父が研いでいるのは先が丸まった、変な形のナイフだった。

 獣の皮を剥ぐのに使うナイフだ。

 村の猟師が獲って来た獲物を解体するのが仕事だ。

 毛皮の処理をしてなめしたりするので、鞣し屋とも呼ばれる。

 獲物を肉と皮と骨と内臓に分け、皮を革にする仕事だ。

「そうか。ダニエレが帰って来たら忙しくなる」

「分かった。行ってくる」

「あぁ……行ってこい」

 僕は家から外へ駆けだした。


 僕の親父は言葉が少ない。

 別に怒っていなくても、機嫌悪そうに喋る。

「ダニエレが帰ってきたら、リアムにも手伝って貰う事になるし、忙しくて構ってやれなくなる。もうすぐ猟も終わる頃だろうから、今のうちに遊んできなさい」

 そんな意味の言葉を「忙しくなる」と「行ってこい」で済ましたのだ。

 優しい親父ではあるが、不器用このうえない人だ。

 まぁ、仕事の手伝いも嫌いじゃないけど、まだ12才になったばかり。

 なんでも出来るとはまだ言えない。

 大人になったら、一人で獲物を解体できるようになってるのかな。


 解体はわりと好きだ。

 皮を剥いでる時なんて、気を抜くとうっとりしてしまうほどだ。

 横たわる動物に自分の姿を重ね、皮を剥がれる事を想像してしまう。

 あんな事をされたらどんな気持ちなんだろう。

 誰にも言っていないが、何故か痛めつけられたい欲求が少しだけある。

 何故そうして欲しいのかも分からない。

 でも、死んじゃうと一回だけだから、死なないくらいの痛みが続く方がいいな。


 何して遊ぼうかと考えながら歩いていると、いつの間にか村の端に来ていた。

「リアムかぁ~。結界から出ちゃ~ならんぞぉ~」

「分ってるよゲン爺~」

 ゲン爺に手を振り村を出る。

 取り敢えずエン爺にも会って行こうか。


「なにしてんだジョシュ」

 エン爺の脇の茂みに頭を突っ込んだ幼子が居た。

「リアムー! なんかいるのー」

 茂みの中からジョシュが叫ぶ。

 珍しい虫でも見つけたのかな。

 ジョシュは5才とは思えない程、大人みたいな事を口にする事もあるけれど、興奮すると何言ってるのか分からなくなる。

 まぁ、まだ5才だし、ほぼ猿みたいなもんだ。

 仕方がないなぁ。今日はコイツと遊んでやるかぁ。


「エン爺、何がいるのさ」

 エン爺に聞くと、珍しく口をもにょもにょして困っているようだった。

「さぁのぉ~。生き物の気配はないんだがのぉ~。何を見つけたのかのぉ~」

 生き物じゃないのか、なんだろう。

 結界の中だし、魔物や魔獣じゃないだろうし。

「つかまえたー!」

 ジョシュが茂みから飛び出した。


「なんだそれ? 人形?」

 ジョシュの手に握られていたのは、手のひらサイズの人形のようなものだった。

 球状のなにかを潰したような丸い体に、短い手足と丸い頭をつけたような人形。

 金属に見えるソレは、全体的に黒っぽいが木目調の模様が全体にある。

 そんな見た事もない人形が、ジョシュの手の中でもぞもぞと動いていた。

「ほぉ~、珍しいのぉ~。それは~ゴーレムじゃ~」

「ゴーレム!」

 エン爺の言葉に、目を輝かせてジョシュが叫ぶ。

 ゴーレムってなんだろう。

「エン爺、ゴーレムって何さ」

「むか~しむかしの魔法で動く人形じゃ~。懐かしいのぉ~」

「へ~どっから紛れ込んだのかな」

「主人の命令された事しか出来ない人形じゃからな~」

 人形を創ったご主人様の命令で来たのか。

 こんな小さな人形に、何をさせたかったんだろう。

 なんかジョシュが気に入ったようで、夢中になっているようだ。

「ゴーレムだぁ。金属っぽいからアイアンゴーレムってやつかな。この木目みたいな模様ってダマスカス鋼なんじゃないかな。あれって何千年も前の合金だから、こっちにあってもおかしくないよね。ダマスカス・ゴーレムかぁ。カッコイイなぁ」

 ジョシュが人形を手に、ぶつぶつと意味の分からない事を言いだした。

 何が気に入ったのか、フンスフンス鼻を鳴らして興奮している。

 そんなに人形遊びが好きだったのかな。


「ジョシュ、そんなに握りしめたら壊れちゃうぞ」

「大丈夫だよ。ダマスカス鋼なんて、何したって壊れないよ」

 ダメみたいだ。

 何言ってるか分からない。

 5歳児とまともな会話は無理だよね。

 それでもなんだか、人形がもがいているように見えてしまう。

「かわいそうだから、降ろしてあげなよジョシュ」

「ハッ……あ、あぁ、そうだねリアム」

 やっと正気を取り戻したかのように、ジョシュがまともな返事を返す。


 ジョシュが人形を下に降ろすと、人形はちょこちょこと歩き出す。

 こちらを振り返り振り返り、ちょこちょこと歩く。

「ついて来いって言ってるのかな?」

 何故か僕らを誘っているように見えた。

「何処かに連れて行きたいんだ。行ってみようよリアム」

「ん~……結界を越えないとこだけだぞ」

「うん! 行こっ」


 ジョシュと一緒に、小さな人形ゴーレムの追跡を始めた。

「何処へ行くのかな? 仲間がいっぱいいるのかな?」

 ジョシュは、やたら楽しそうだ。

「エン爺も知らないなんて、どこから来たんだろうな」

 人形は村の裏手へ向かっているようだ。

 教会の建つ丘の下辺りで立ち止まり、ゆっくりとこちらに振り向いた。


「何か言いたそうだね」

「喋ったりは出来ないみたいだね~」

 ぼくらに何かを訴えかけるように、人形の手が上がる。

 指も無い小さな丸い手をぼくらに向け、丘の方を見る人形。

「教会かな?」

「丘の下に何か埋まってるんじゃないか?」

 物言わぬ人形が何をしたいのか、何かを訴えかけているのか。

 そもそも目もない人形に、ぼくらは見えているのだろうか。

 結局のところ関係ない動きが、訴えかけるように見えるだけ。

 そんな可能性の方が高いような気がしてきた。


「何かして欲しいんじゃないかな?」

 飽きてさめてきた僕と違って、まだ小さいジョシュは人形に夢中だ。

「命令で動くだけで、意思はないんだよ。何かを欲しいなんて思わないよ」

 両手を動かす人形は、何かを伝えたい意思のようなものを感じはするが。

「きっと何か手伝って欲しいんだよ。あっ……まって」

 何かあるんだと言い張るジョシュの前で、人形の動きが止まる。

 ゴーレムがゆっくりと後ろに倒れて行く。


 結局人形は、それっきり動かなかった。

 何処から来て、何をしたかったのか。

 何も分からないまま動きを止めた人形は、二度と動きはしなかった。

「こめられた魔力が切れたのだろうな~。古いものだから仕方がないの~」

 エン爺によると、魔力切れのようだ。

「持って帰る。また動くかもしれないから」

 半べそのジョシュが、人形を持って帰った。

「結局、何だったんだろう。まぁ、関係ないかぁ」


 猟師の持ち帰った獲物。

 その動物の皮を剥がし、ハラワタを取り出し、肉を刻む。

 それが僕と親父の仕事だ。

 動く人形は必要ない。

 明日も明後日も来年も。

 変わらず獲物を解体するのが僕らだ。

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