第6話 村の世話役

「フォード! ふぉーどぉー!」

 朝っぱらから村のガキが俺を呼ぶ。

 毎日毎日、飽きもせず騒ぎやがって。

「ちっ……なんだよ、うるせぇな。今日は誰が何したんだ」

 ガキのキンキン声で起こされ、御機嫌ななめなままベッドを出て顔を出す。


「寝てう場合やないよフォード。村のでぐちでマちゅーとヤレドがけんかしてゆ!」

 呼びに来たのは一番小さいジョシュだ。

 まだ5歳とは思えないほど賢いが、慌てると何言ってるのか聞き取れなくなる。

「マシューとジャレッドか。またかよ、めんどくせぇな」

 あいつら、ここ一年で急に成長しやがって。

 ジャレッドなんて最近は鍛冶仕事に目覚めちまって、毎日金槌を振ってるからな。

 あいつの親父のパオロの腕なんて、俺の腰より太そうだ。

 ジャレッドもそうなるかと思うと、喧嘩の仲裁なんて行きたくなくなるな。

 マシューも無駄に縦に伸びやがって。

 ずんぐり筋肉質な鍛冶屋と見上げるほど背の高い農家か。

「いーそーいーでー!」

 ジョシュがうるさかす。

「……めんどくせぇ」


 仕方なく村の入口へ向かうと、こどもたちに囲まれた二人がお互いのえりを掴んで、殴り合う寸前だった。

 なんであいつらは喧嘩っ早いんだよ。

「くそっ……やーめーれっ……やぁ!」

 やりたくはないが、二人の間へ体ごと飛び込んで、無理矢理二人をがす。

「ちっ……」

「フォードか……」

 もうそろそろ、この二人を止めるのは無理だぞ。

 まったく成長期にも程があるだろう。


「まぁたお前らか! 今度はなんだってんだ」

 二人を引き剥がして怒鳴りつける。

 一昨日はどちらがエン爺に水をやりに行くかでもめていた。

 その前はゲン爺の椅子を新しくするとかでもめていたな。

 どちらも俺の仕事なんだよ。

 俺の仕事は世話係。

 エン爺やゲン爺の世話をしたり、村の家の屋根の補修をしたり、畑の柵を直したり、家のドアを直したり。まぁ、村の雑用が仕事だ。


 そんな事よりも今は喧嘩の原因だったな。

 どうせ呆れるようなくだらない理由だろうが、一応は聞いてやる事にする。

「森へ行かせないって、こいつが」

「一人で森へ行くって、こいつが」

「はぁ~……」

 ため息しか出ない。

 ほら、周りを囲んでいた子供達も、興味をなくして散っていったぞ。


「またかよ。マシューは母親マノンの薬草を採りに行きたいんだろ?」

「……そうだ。ダニエレが帰って来ないから……」

 こいつは病弱な母親の為に森の中の薬草採取に行きたいだけだ。

「で、お前は一人じゃ危険だってんだろ?」

「そうだ。結界の外へ一人じゃ行かせられねぇ」

 猟師のダニエレが付き添わないと結界の外へは出せない。

 一人で行くと言うマシューが心配で止めようと思ったのだろう。

「それでなんで殴り合いになるんだよ。ダニエレが帰るまでは我慢だマシュー。結界を越えようって奴は、エン爺と眷属けんぞくの木が止めてくれるから心配すんな。分かってんだろジャレッド」

 母が心配なマシューと、友が心配なジャレッド。

 それがなんで殴り合いになるんだか。

「おやおや、またですか二人共。ご苦労様ですねフォード。二人はあずかりますよ」

「ああ、助かるよピエトロ。またいつものさ」

 丘の上の神父が顔を出してくれたので、二人を彼にあずける事にした。

 神父なら、うまくさとしてくれるだろう。


 まったく。そろそろガキどもの世話係は卒業させてもらいたいもんだ。

 ガキどもの面倒見るのって、歳から言ったら次は奴らか?

 ジャレッドは鍛冶屋だし、マシューは果樹園があるな。

 おいおいおい。その下って、あと何年待てばいいんだ?

 恐ろしい事に気付いてしまったかもしれない。

 俺は、あと何年子守を続けないといけないんだ?

 それでなくとも、俺は日々悩んでいるっていうのに。


 この村で、今年19才になるのは俺一人。

 そう、それが俺の最大の悩みだ。

 俺だって女の子とイチャイチャしたいんだ!

 近い年頃だと下は16のジーナ、上は22のモルガンだ。

 ジーナは機織りで大人しいが、歳よりも子供っぽい見た目がなぁ。

 かと言ってモルガンは問題外だろ。

 何が問題かって、あいつきこりだしな。腕とか俺の太腿よりも太いし。

 抱きしめられたら背骨が折れちまう。


 そんな事に悩みながらも仕事をこなす。

 俺って働き者だよなぁ。

 川でんだ大きなたるいっぱいの水をかかえて、エンじいの元へ運ぶ。

 これをやりたいなんて言っていたが、マシューたちにはまだ無理だろう。

「おまたせエン爺」

「おお、フォードか~。いつもすまんの~」

 エン爺はでっかい爺さんみたいな顔のついた、でっかい木だ。

 エントって種族らしいが、結界の出入りを見張ってくれている。

 近くの木も操れるらしく、村を囲む木の殆どはエン爺の枝みたいなもんだ。

しばらく雨が降ってないからなぁ。天気が良いのは嬉しいけどさ」

「雨ばかりでも辛いが、いくらかは降ってくれんとな~」

 ひどくゆっくりと、語尾がでろ~んといった感じで伸びる。そんなちょっと変わった話し方だが、人間の言葉で会話が出来る不思議な木のじいさんだ。

 俺が生まれる前から、村の長老のゲン爺が生まれるずっとずっと前から、エン爺はここに立ち、村を見守ってくれているらしい。

 そんな爺さんに水を汲んでくるのも、俺の大事な仕事のひとつだ。


「村には女子おなごが少ないからの~」

「なんだよ急に」

「ちゅっちゅいちゃいちゃしたかろうかと~そうおもってなぁ~」

「そうかい。どっかから連れて来てくれよエン爺」

「そうさなぁ~どんなが~好みだったかの~」

「そうさなぁ……ガキはごめんだな。大人の色気ってのが欲しいな」

「おぉ~おぉ~そうか~」

「見た目なら……マルゴーとかいいよな」

 養蚕のマルゴーは、結構好みのタイプだ。

 ふっくらした大人の女性っていいよなぁ。あれで一回り若ければなぁ。

 ん? エン爺が止まってる。寿命でも来たのか?

「お……あ、あぁ……そ、そうか。マルゴーか……いいんじゃないか?」

「どうしたんだよエン爺。なんか変だぞ、もういっぱい水汲んでこようか?」

「ん? そ、そうか? いや、大丈夫じゃぞ。うん、大丈夫じゃ~」

 変なじいさんだな。


 もう一人の村を見守るじいさん。ゲン爺の様子を見て、村で補修が必要な所がないか見て廻る。それが俺の日課であり仕事だ。

「そろそろかな……」

 猟に出ているダニエレも、明日には帰って来る頃だろう。

 年に2~5回やってくる隣国の隊商キャラバンも、そろそろ村に寄る頃だ。

 そうしたら色々と忙しくなるだろうな。


 変わらぬ一日。

 のどかな一日。

 明日も変わらぬ一日が来る。

 それが当たり前だと思っていた。

 それが特別な事なのだと、俺は知らなかったんだ。

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