第5話 機織り娘

 冷たく張り詰めた清々しい朝の空気に、まっしろな綿が浮き上がる。

「今日も良い天気になりそう。まぁ、外には出ないけれどね」

 雲ひとつない真っ青な空に、まっしろな綿のようなワタウサギの群れが浮き上がり、風に舞うように翔けて行く。

「おや、おはようジーナ」

「あら、おはようイーガン。これから畑?」


 窓から顔を出し、空を見上げたところで挨拶された。

 通りかかったのは野菜農家のイーガンだ。

 今ではすっかりおっさんだけど、若い頃はらしい。

 もう50くらいの歳だが、村で一番子供が多いおっさんだ。

 今年16の私には、彼の魅力は分からない。


「ああ、このまま天気の良い日が続いてくれるといいな」

「そうね。私は部屋に籠りっきりだけれどね」

「はっはっは。機織りじゃあなぁ。ポリーヌはもう始めてんのかい」

「母さんは今日はマルゴーのとこよ」

 母さんのポリーヌは、マルゴーおばさんの養蚕場に行っている。

 あそこはちょっと苦手。

 だって、蚕っておっきいんだもん。

「そういや、あそこの蚕は育ちすぎじゃないか? やっぱり飼い主に似て来るのか、並んでいるとどっちがマルゴーか分からないよなぁ」

「ふふっ、ひっどいんだからぁ」

 確かにマルゴーは色白で、芋虫みたいな体型だけど。

「知ってるか? マルゴーって昔はすらっとした美人だったんだぞ。ポリーヌと同じくらい村の男たちの憧れだったなぁ」

「へぇ~そんな人気だったんだぁ。でもイーガンだって、おなか出て来てるよぉ?」

「はっはっは。まぁなぁ、もうじいさんだからなぁ」

「あれ? じゃあイーガンの子に、マルゴーの子もいるの?」

「おっと、暑くなる前に手入れをしないと。じゃあなジーナ、頑張ってな」

「うん、イーガンも頑張ってね。もう若くないんだから無理しないでよ」

「はっはっは。そろそろ孫たちに任せようかねぇ」

 笑いながら手を振り、イーガンが畑に歩いて行った。

 村一番の子沢山なイーガンなら、そんな綺麗だったマルゴーの子もいそうだ。

 私は誰の子を産むんだろう。

 ……歳が近いのって、マシューとジャレッドかぁ。

 う~ん。あいつらじゃ、あと10年は無理かなぁ。


「私も頑張ろう!」

 私の仕事は機織はたおり。

 養蚕場で蚕を育てるおばちゃん、マルゴーの絹糸から反物を織る仕事だ。

 人間の子供くらいある大きな芋虫から、こんな綺麗な糸が出るって不思議。

 私は村の人達の衣服をつくる反物を織るけど、母さんは町へ売る反物を織る。

 年に3~4回、村を通る隊商キャラバンが母さんの反物を買って行く。

 王都まで行くと高く売れるらしい。

 私もいつか、そんな高く売れるような反物を織れるようになってみたい。


 ペダルを踏むと、縦に張った糸が上下に分かれる。

 その間に横糸を通し、ペダルから足を離す。

 閉じた縦糸に通した横糸を手前に詰める。

 単純に言えば、たったそれだけ。

 カタン、カタン……パタン。

 その繰り返しだけな筈だが、最近になって、やっとスムーズにこなせるようなってきた。母さんのように、色々な織物はまだできないけど。

 おばあちゃんなんて、何やってるのか分からないくらい早いし。

 私の機織りとは音も次元が違う。

 おばあちゃんの機織りは、カパタンカパンカパンいってるもの。

 そんな二人を目指して、日々機織りの毎日だ。

 それでも最近、やっと上達してきたと思える出来事もあった。


「ふふっ、また来てる……また来てくれた」

 機織りの音に惹かれてやってくる、小さな女の子。

 最近、見に来てくれるようになった女の子。

 いつも私の後ろの柱の陰から機織りを見ている。

 柱の陰に隠れながらそっと、こちらを楽しそうに見ている。


 かたんかたん、ぱたん。かたんかたん、ぱたん。


 恥ずかしがりやさんで、その姿を見ようとすると逃げて行ってしまう。

 そっと、ちらっと。なるべく目だけ動かして確認する。


 かたんかたんぱたん。かたんかたんぱたん。


 横糸を詰める時の『ぱたん』って音が好きみたい。

 まるで踊るように小さな頭を振っている。

 私の『ぱたん』に合わせて頭を傾ける姿は、抱きしめたくなるくらいにかわいい。

 機織りにあわせて頭を振る女の子。

 女の子のダンスにあわせて機織りもリズムに乗ってすすむ。


 母さんもおばあちゃんも、この小さな女の子に見守られて上達したという。

 おばあちゃんのかあさんも、おばあちゃんのおばあちゃんも。

 何代も何代も、ずっと見守ってくれているらしい。

 あの子が見に来てくれるようになると、すぐに一人前になるらしい。

 私も母さんみたいになれるのかな。

 私もおばあちゃんのようになれるのかな。


 でも……ふふっ。

 おばあちゃんみたいに速くなったら、あの子の首が大変な事になりそう。


 かたんかたんぱたん。かたたんぱたん。


 見守ってくれる女の子の楽しそうな表情につられて、私も何故か笑顔になる。

 私のつたないリズムに合わせて踊っていた女の子。

 いつの間にか、女の子のリズムに合わせて機織りを続ける私。

 リズムが変わった事にも気付かずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る