第4話 果樹園農家

「おや、マシュー。マノンの手伝いは良いのですか?」

 丘の上、森をながめる俺を見つけた神父が微笑ほほえむ。

 うちは果樹園かじゅえんをやっているが、今は母さんが一人で頑張っていた。

 死んだ父さんが残した果樹園らしいが、俺が赤ん坊の頃に死んだ父さんなんて、顔すら知らないのでどうでも良かった。

「ピエトロ。ダニエレは、まだ戻らないのかな」

 良くはないが、母さんを手伝って果樹園の仕事をする気はなかった。

 今では町で一人だけになってしまった猟師、ダニエレの帰りを毎日待って森を眺めていた。一度狩りに出ると、数日は帰ってこない。

「そうですねぇ。狩りに出て三日ですか。いつもだと五日程度ですから、もう少しかかるのではありませんか? 森へ入りたいのでしょうが、まだ無理ですよ」

 たぶん神父は全部気付いてるのだろう。

 俺は何も言わずに丘をりる。


 村を出て少し行くと、魔獣避まじゅうよけの結界が張ってある。

 猟師以外の村人は、その先に進んではいけない事になっている。

 単純に危険だからだ。

 村の出口はゲン爺が見張り、小さな子供が出ないようにしているが、結界の手前はエン爺が見張ってるので、勝手に森には入れない。

 ボケかけたゲンじいはごまかせても、エン爺の目はあざむけない。

 猟師のダニエレに連れて行ってもらうしか、森に入る事は出来なかった。

「早く戻って来いよ……ダニエレ」


 果樹園では収穫が近付いていた。

 太くもなく背の低い木に、たくさんの実がなっている。

 こいつらは葉が少ないので、人が隠れる程の日陰も出来ない。

 収穫になれば一日中上を向き、めいいっぱい手を伸ばして作業を続ける事になる。

 しかも日向で。

 もうひとつの果物は地面に実っているので、収穫時は屈んだまま一日中、中腰で過ごす事になる。正直やってられない。


「俺が手伝わなければ、諦めるしかないだろう」

 果樹園なんて諦めて、早くやめて欲しいと思っている。

 だからってジャレッドみたいに鍛冶屋だったら、それはそれで困っただろうが。

 ましてやダニエレのように猟師なんて、毎日が死と隣り合わせだ。

 別に猟師なら魔獣に勝てる訳ではない。

 魔獣から隠れ、逃げられるというだけだ。

 どんな仕事だって楽な訳じゃないって事くらい分かっているんだ。

 でも……それでも。


 四日目もダニエレは戻って来ない。

 そういえばダニエレが帰って来なかったら、この村に狩りが出来る者はいなくなってしまう。そうしたらどうするのだろう。

 そうなったら、俺一人でも結界を越えて森に入れるかな。

 そうだ。夜にこっそり行けば、通れたりするんじゃないか?


 ……だめだった。

「ふぉふぉふぉ……この辺りの木の殆どはワシとつながっとる。坊主とて知っておるだろうに。ダニエレが戻るまで、大人しくしておれマシューや」

「ちっ。くそっ、分かったから放せよエン爺」

 エン爺が立っている結界前と逆、村の裏から出ようとしたが、木の枝に巻き付かれて捕まってしまった。

 やはり夜中でもエン爺の目はごまかせなかった。

 くそぉ、やっぱり寝てるように見えても無理かぁ。

 やっぱり人間ではエントを出し抜けないな。

 ボケかけのゲン爺は、ただの人間の爺さんだけど、エン爺はエントっていうでっかい木だ。老人みたいなでっかい顔が浮き出た大木で、周りの木も操れる。

 何百年だか何千年だか前から、ずっとそこに居て村を見守っているらしい。


「ピーエートーロ~。ダニエレはま~だ~か~よ~」

 今日も俺は丘の上でダニエレを待っていた。

「今日で五日ですねぇ。そろそろ戻る頃でしょうか」

「休ませてなんてやらねぇぞダニエレ~。すぐに森に入るんだぁ~」

「ふふ……そんなに慌てなくても、貴方が果樹園の世話を頑張ってあげたらどうです? そうすればマノンも、のんびり休めますよ?」

 やっぱり神父にはバレてるな。

「それじゃだめなんだ。どうせ母さんは……じっとしてらんないよ」

 じっとしてるって事が出来ない人なんだから。

「そうですねぇ。マノンは嬉しくてもっと働きそうですねぇ。今でも体中が痛いままなのでしょうに。でも、ふふ……優しいマシューの気持ちが伝わっても、嬉しくなって、もっともっと働きそうですけどね。困った親子ですねぇ」

「俺は困った奴じゃないし、優しくなんてないよ」

 全て見透みすかされていて、なにやら恥ずかしくなって走り出してしまう。


 ダニエレが戻ってきたら、森に入りたい。

 森には薬草が生えているから。

 母さんは体が丈夫じゃないのに、父さんが残していったからって、毎日大変な果樹園の仕事を続けている。

 動けなくなるような病気にならないように、滋養強壮の薬草を採りに行きたい。

 農作業で肩も腰も痛そうだから、その薬草も採って来たい。

 俺が果樹園を手伝ったら、きっと母さんはもっと働くに違いない。

 このまま手伝わなければ、果樹園なんて諦めてくれるかもしれない。

 あんなのやめちまえばいいんだ。

 父さんの果樹園よりも、俺は母さんに元気でいて欲しい。


 早く戻ってこないかな。

 ダニエレが戻ったら、かわいそうだけど休む間もなく森へ行こう。

 篭いっぱいに薬草を採りに行くんだ。

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