第3話 鍛冶屋の息子

「またくわかよ!」

「なんだ、まだ無理だったか? もう少し小さいものにするか?」

「ちっげぇよ! 俺は農具じゃなくて武器が打ちてぇんだよっ!」

「そんなもん誰が使うんだ。いいじゃないか鍬。畑が耕せるんだぞ?」

「ちっ……くそっ」


 俺の名はジャレッド。

 親父と同じく村の鍛冶屋だ。

 15歳になったってのに、農具しか打たせてもらえない。

 親父は昔、何処か別の町で武器を打っていたらしい。

 何故こんな田舎に引っ込んで農具ばっかの鍛冶屋になってんのかは知らねぇが、俺も剣やら槍やら武器をつくってみたいんだ。

 頑丈な鉄の鎧もいいな。

 だが……まぁ、こんな村じゃ使い道がないってのも分かってんだ。

 安全なのはいい事かもしれねぇが、のどか過ぎんだろうよ。

 誰だか知らねぇが結界なんてのを張ってくれたおかげで、魔獣も寄り付かねぇ。

 村に寄ってこないってだけなんで、周りの魔獣の所為で旅人も寄り付かねぇ。

 孤立した安全な村じゃ、武器なんて需要がなさすぎるんだ。

 使うとしたって猟師の弓とナイフくらいなもんだ。

 別に争いを求めてる訳じゃないが、イライラするぜ。


 仕事が終わると、いつもここに来る。

 村の子供は幼い頃から、用もないのに何故か毎日来るんだ。

 丘の上の教会に。

 神父のピエトロは、いつも、どんなはなしでも真面目に聞いてくれる。

 幼い子供が相手でも、ばかにしないできちんと聞いてくれる。

「別に人を傷つけたい訳じゃないけど、俺は武器をつくってみたいんだよ」

「そうですか。貴方の父のパオロも、他国の武器職人だったそうですからね。それも血なのかもしれません。彼も分かっていますよ。きっと、それは今ではないのでしょう。その時が来たら他の物も任せてもらえるでしょう」

 神父は、いつだって否定はしない。

 どんな無茶苦茶な話でも、他の大人のように頭から全否定して抑えつけたりせずに、正しく導いてくれる。

 誰にも話せないような事でも、皆が神父に話しにくる。

「俺の技術が足りないって事なのか? 今だってきっと巧く出来るさ」

「今ではないのは、きっと技術だけではないのでしょう。貴方のやりたい事はパオロも分かっていますよ。今は目の前の、与えられた仕事に集中する時なのです」

「ピエトロもそうだったのか? 前は町に居たんだろ」

「若い頃は王都にもいましたよ。私も誰でも、どんな職業でも同じです。今は地味でつまらないと思える事でも、必要な事なのですよ。必ず役立つ時が来るものです」

「ピエトロも役にたってるのか? こんな田舎じゃなくて、王都のでっかい教会に戻りたかったりしないのか?」

 小さく神父が笑った。

 なんだろう。なんであんなに優しく笑えるのだろう。

「祈りを捧げるのに大事なのは場所ではなかったのです。私も若い頃は気付けなかった事ですから、貴方にも分かる日が来ることでしょう」


「打つなら、これ以上のものを打て」

 翌朝、親父が地下室から持ち出してきた剣をテーブルに置いた。

「こっ……親父が……これ……あっ」

 村にも年に数度だが商人が来る。

 その商人や護衛の戦士に、武器を見せて貰った事がある。

 だが、これに比べたら今まで見たのは子供の玩具おもちゃだ。

「俺が若い頃、ダリアに居た頃に打った剣だ。武器が打ちたいってのなら、これ以上のものが出来る腕になってからにしな」

 震えが止まらねぇ。

 声も出ねぇ。

 なんだこれなんだこれ。こんなもの人がつくれるのか?

 ダリアって言ったか? 東の隣国ダリア通商連合に居たのか。

 これだけの腕があって、こんな田舎で農具を打ってるのか。

 国を棄て、武器を捨て、田舎の鍛冶屋として生きる事にした親父。

 何があったのか何も分からないけれど、この剣を見たら全てが分かった気になった。俺は武器を打つんだ。世界一の武器職人になれるんだ。

 何故かそう思えた。


「迷いと焦りは晴れたようですね。良い顔になってます。仕事をする漢の顔です」

 ピエトロ神父が、優しく微笑む。

「そうかな。良く分からないけどさ、俺は鉄を打つよ」

「そうですか。きっとそれでいいのでしょう」

「そうかな……へへっ」


 なんであんなに武器が打ちたかったのだろうか。

 何かあせりにも似た感じのなにかにかされていた。

 何を理解した訳でもない。

 あの剣を見ただけだが、今は目の前の鉄をひたすらに、唯只管ただひたすらに打ち続ける。


 外が騒がしい。

 またバカが騒いでるようだ。

「まったく、あのバカは……もう子供じゃないってのに」

 あの声は果物農家のせがれだ。俺と同じ歳のバカ息子だ。

 いつまでたっても大人になれず、仕事も手伝わないで遊び歩いている奴だ。

 まったく仕方のない奴だな。


 そんな喧騒も、集中すれば聞こえなくなる。

 目の前の鉄の声だけが聴こえる。

 その声を聴きながら、鉄にハンマーを叩きつける。

「それなら村の刃物くらいは任せられるな」

 親父の小さなつぶやきが耳に入る。

 集中していたはずなのに。

「え?」

「ナイフくらいなら、いけるだろって言ってんだよ」

「~っ!」

 やばい。

 目の前の鉄を打つ手が震える。

 にやけそうになる顔をむりやりしかめ、目の前の鉄を打つ。


 いま打ってる鉄は何をつくるんだったか。

「やれやれ、まだ早すぎたかな」

 親父のつぶやきが、また聞こえてしまう。

 ちくしょう。面白がってる声だ。

 親父にからかわれ少し浮かれながらも、しかめっ面を装い目の前の鉄を打つ。

 これが俺の仕事だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る