第2話 異世界転生

 昔々、平和な王国を狙ういやしい国がありました。

 その軍事国家は邪悪な闇の力を使い、強大な軍隊を使って王国へ攻め込んできました。裏切り者の大臣の策略で、王国の正規兵は皆、王都を離れて辺境へ向かってしまっていたのです。

 そんな王国の窮地に、一人の剣士が立ち上がります。

 正統剣術を極めた剣士は攻め込んできた軍隊を、たった一人で打ち破ります。

 しかし剣士も力尽きてしまいました。

 南の軍事国家は邪悪な闇の力を使いますが、王国の隣の国の王様、魔王に滅ぼされてしまいました。

 王国と争って弱ったところを狙い、軍事国家を滅ぼした魔王は、王国も奪おうと攻め込んできました。

 こうして魔王の国である魔界と、平和だった王国との戦乱は続いているのでした。


「はい、おしまい。このおはなし好きねぇ」

 エヴァが昔話を聞かせてくれていた。

「もっと。もっとはなし。おなはし~」

「はいはい。お仕事の後でね~。なんで『はなし』は言えるのに『お』をつけると、おかしくなるのかしらねぇ」

 甘えてせがんでみるが、今日はここまでのようだ。

「お前だって『背中』を『おさかな』って言ってたけどな」

「あらアーネスト。私、そんな事言ってたの?」

 顔を出したのは父のアーネスト。村の大工仕事をしている。

 その声に振り向くエヴァは、おっぱいがでっかい。

 いや、大工仕事を手伝っている村の女性だ。

「いつもすまないなエヴァ」

「ふふっ、いいのよアーネスト。その代わり、次はイスとテーブルを作らせて」

「はははっ、分かったよ。じゃ、始めようか。大人しくしてるんだぞジョシュ」

「あいっ!」

 返事だけは元気にしておく。


 俺の名は今井純也いまいじゅんや15歳の日本人だ。

 元、だけどね。

 引きこもりのニ〇トだったけど、何ヶ月ぶりだったかコンビニへ行ったあの日。運が悪いのか良かったのか、トラックに跳ねられ生まれ変わったわけだ。

 噂の異世界転生ってやつだ。

 そう、ここは前世とは違うファンタジーな世界だった。

 こっちに大工の息子ジョシュとして生まれ5年。

 何故か前世の記憶が残ったまま、こちらの世界の事も少しは分かってきた。


 こっそり部屋を抜け出した俺は、日課の散歩に出かける。

 ここは山間やまあいの名も無い小さな村だ。

 現金の流通もろくになく全体が家族のように、仕事を分担して暮らしているような、村と呼んではいるが本当に小さな集落だ。

 山の頂上へ登ると、見晴らしが良くて気持ちがいい。

 村を見下ろすこの場所が最近のお気に入りだ。

 ここは、村では丘と呼ばれていて、小さな教会が建っている。

 この国の宗教は、ほぼ統一されているらしい。

 それが、この教会で信仰している大地の神マルソーだ。

 一応、風の女神ってのもいるらしいが、教会なんかは無いそうだ。

 どうせなら女神様が良かったなぁ。


 そうそう、この国では結婚って制度がないんだ。

 貴族と一部の金持ちか職人以外は、ファミリーネームもない。

 子供が両親と一緒に暮らす事もあるけど、たいていはやるだけやって別居するのが普通らしい。だからうちも、一緒に居るのは父親だけだ。

 母親も同じ集落にいるし、仲が悪いわけでもない。そういうものらしい。

 それでも若い男女が教会に来る事がある。

 元気な子が生まれるようにと、祝福を受けるそうだ。

 だから『教会へ行こう』って女性に告げるのがプロポーズみたいなものらしい。

 この閉鎖されたような村に、同じ年頃の女の子が居ないのが心配だが。


 丘を降りて村を歩く。

 中心は広場になっていて、皆が集まったり商人が来たりする。

 そこを抜けると古く小さな家があり、ウッドデッキの大きな背もたれのイスには、いつものじいさんが座っている。

「ゲン爺!」

「大工のせがれか……村から出ちゃならんぞ」

 村の最長老のゲン爺が、いつも見守っている。

 村から出ると洒落しゃれにならない危険が待っている。


 この村は昔、旅の偉い人が張った結界ってのに護られているらしい。

 その外には魔獣ってのがあふれているそうだ。

 結界の内側から見た事があるけれど、ほぼデッカイ野生動物だった。

 魔王の力で凶暴化した動物達らしい。

 動物は、転生前の世界とたいして変わらないようだ。

 結界内でも村外れの柵から外へは出してもらえない。

 まだ一人では外へ行けない歳なのだ。

 結界近くに面白いものがあるのだが、誰かに連れて行って貰わないと遊べない。


 まだ皆家の仕事の手伝いで、遊んでは貰えない時間なので、仕方なく村の中へ戻って行く事にしようか。

 野菜農家、果樹園、鍛冶屋と巡るが、誰もかまってはくれない。

 一軒の大きな納屋へ忍び込む。

 ここはマルゴーの養蚕場だ。

 こっちの蚕は凄いんだ。

 見た目は向こうの世界と同じような白い芋虫だが、何が凄いって大きさが尋常じゃない。1mはある超巨大芋虫が糸を吐いている。

 あまり近付きたくはないが、離れて観ている分には楽しかった。


 そんな感じで今日も村をブラブラしていると、家の手伝いを終えた子供達が集まってくる。今日は何して遊ぼうか。

 中身はもう20歳だが、まぁ仕方がないので遊んでやるとしよう。

 王国では15歳で成人だが、この村では14歳で教会の祝福を受け成人となり、一人で仕事が出来るようになる。

 まぁそれまでは、子供たちの面倒をみてやるとするさ。

 使命に目覚め、村を出る時が来るまで。


 この世界には魔法もあるらしい。

 村に使える者はいないが、生前のゲームなんかみたいなのとは違って、もっと地味なやつらしい。

 だが、俺の力が目覚めたら、きっと凄い魔法も使えるだろう。

 そう、異世界転生した理由があるはずだ。

 きっと不思議な力に目覚め、魔王を倒す旅に出る事になるのだろう。

 そんな展開をずっと待っていたんだ。


 金持ちでもなく、勉強が出来るわけでもなく、走るのも遅いし球技も苦手だったし、会話も別に面白くないし、見た目が良いわけでもなかった。

 前の人生には何もなかった。

 きっと神様が特別な人生と力を与える為に、転生させたんだろう。

 どんな力が目覚めるのか楽しみだなぁ。


「はぁ~……何も努力せずに湧いてくる不思議なちからって……そんなものある訳ないでしょうに。貴方がうらやんでいた人達は、皆必死に努力を重ねた結果ですよ」

 ジョシュを見守る女性が溜息ためいきいていた。

 別の次元から村を見下ろし、ジョシュの心の声を聴いていた。

「お前の頼みなので受け入れたが、無理なんじゃないのか?」

 落胆らくたんする女性に、たくましい半裸の男性が呆れ顔で声をかける。

「危険な世界ならば、努力する事を知るのではないかと思ったのです。やはり無理なのでしょうか。魂が腐ってますからねぇ」

「まぁなぁ。あぁなってからでは無理なのではないかな」

「はぁ~……仕方ありませんね。今回は無理を言ってすみませんでした」

「まぁいいさ。だが、魂はきちんと持って帰ってくれよ?」

「分かっていますよ。余計な魂を放り込んでいくと、迷宮の管理までしている彼に叱られますからね。そういえば貴方も最近は大地の神だとか呼ばれているようですね」

「そうみたいだなぁ。何故大地の神なんだろうなぁ」

「でも、あの人みたいに闇の神とか死の神とか呼ばれるよりは、いくらかマシかもしれませんよ。風の神とか呼ばれていた彼女は、ずっとふらふらしてるし」

「そうだなぁ。まだマシだよなぁ。悪魔とかじゃなくてよかったよ」


 神々の……何も知らない人々から、神とあがたてまつられる存在のたわむれ。

 そんな別次元の存在も、努力を知らない夢みる青年も関係ない、特別など何もない田舎の村の少年少女。

 この物語は、この村から始まる。

 特別ではなかった猟師の少年と、普通の田舎の少女の物語。

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