〔序章〕 丘の上の小さな教会で……

とぶくろ

第1話 異世界勇者

 グレーのローブを男達おとこたちになって祈る。

 輪になった20人の男達が蝋燭ろうそくらされいのつづける。

 輪の中心ちゅうしんへ向け、意識いしき集中しゅうちゅうして祈っていた。

 なに調度ちょうどのない石壁いしかべ部屋へやを、かべにかかった松明たいまつらしている。


 無言むごんいのる男達の外側そとがわしろいローブの老人ろうじん

たれ……勇者ゆうしゃよ!」

 老人のさけびにこたえたかのように、祈る男達の中心がひかりつつまれる。

 まばゆい光はすぐにおさまり、そこには二人ふたりの男が立っていた。


「おおっ。成功せいこうだ」

「勇者だ」

「勇者の召喚しょうかんだ」

 ローブ姿すがたの男達がさわぎはじめ、老人が前に出て話しかける。

「よくぞ来た異世界いせかいの勇者よ。このくにおびやかす魔王まおうつのだ」


 大陸のほぼ中央に位置する王国レシア。

 北のブレア帝国と国境付近での小競り合いが続く中、西の魔族の国、魔界との戦が何十年と続いていた。

 魔界は魔王が治める国だが国名がないので、人々が『魔界』と呼んでいるだけで、別世界だったりはしない。同じ大陸の隣接国だった。


 300年ほど前までは友好的だったそうだが、いつからか魔王軍と王国軍の終わらない戦が続いていた。

 辺境伯を中心とした貴族達が国境で踏ん張り、なんとか凌いでいたがここ数年は、人も武器も足りず民も疲弊していた。

 そんな現状を打開する手として、王国の優秀な魔導士たちが異世界から勇者と呼ばれる戦士を召喚する事になったのだった。

 異世界の勇者に魔王を倒して貰おうと。


 勇者は背が高く髪が長く、引き締まった細身の男だった。

 作り物かのように整った顔だが、機嫌が悪いのか酷く人相が悪く見えた。

 もう一人は従者なのか、まだ幼さの残る顔で背も低かった。腰には一振りの剣を吊っていたが、まだ子供にしか見えなかった。

 傷一つない、輝くような銀色の全身鎧を纏った少年剣士を連れた勇者。

 そういう趣味の男なのだろうか。


 その少年が勇者を見上げ、周りを囲む男達を見回す。

「ん~……なるほど……はぁ~」

 一言つぶやき、輪の外に立つ偉そうな老人を見て、大きく溜息を吐いた。

 ほんの一瞬。ひとつ瞬きをする間に、少年が周りを囲む男達の間を駆け抜ける。

 呻き声ひとつ漏らす間もなく、ローブ姿の男達が床にバタバタと崩れ落ちる。


「なんのつもりだ」

 長身の勇者が少年を睨む。

「だって、きみにやらせたら皆殺しにしちゃうでしょ」

 少年は両手を広げ、やれやれ……と首を振る。

「ふん……ここは地下か。出るぞ」

 周りを見回した勇者は壁に歩み寄り、石壁に手をかざす。

「はぁ~……急に召喚なんてされて機嫌が悪いのは分かるけどさ。いったい何をしてる途中だったんだい?」

 従者とは思えない口のききかたで、少年剣士が揶揄からかうように声を掛けるが、勇者はちらりと視線を向けただけで壁をにらむ。


「なっ、何をしているのだ貴様ら、魔王討伐の為に呼び出したのだぞ!」

 予想外の事に理解が出来ず固まっていた、白いローブの老人が我に返って叫ぶ。

 王国内では権力を持っているのだろう。

 誰でも命令すれば言うことをきくのが当たり前だと、信じて疑いもしなかった老人は、勝手な二人の行動が理解できなかった。


「我は求める破壊の力。牛、人、羊。鵞鳥がちょうの足と毒蛇の尾。地獄の龍に跨り来たれ、立ち塞がる全てを焼き払い我が道をならせ。黒炎波動アエーシュマ

 老人の言葉に反応すらせず、長身の男は呪文を唱える。

 かざしたてのひらから黒い光が、太い波動が地表までの全てを一瞬で貫いた。


「彼、ちょっと機嫌が悪いからさ。おじいちゃん偉い人なんでしょ? 誰も邪魔しないように言っておいてよ。僕は彼と違って、なるべく死人をだしたくないんだ」

 城の地下室から地上まで、魔法で出来たトンネルに入って行く男と、ローブの老人へ邪魔するなと言い置き後を追う少年。

「ば、ばかな……これが勇者のちからだというのか」

 老人も慌てて背後の扉から地下室を飛び出し、城の兵を集めて外へ向かった。


 突如、地中から吹き出す黒い炎。

 それは庭園と城壁を呑み込み、天へ昇り消えて行った。

 その穴から、何事もなかったかのように出て来る二人の男――呼び出された勇者と従僕と思われる少年――彼らに続き白いローブ姿の老人、魔道士団長が城の兵を引き連れて飛び出してくる。

「まっ、待てっ! 待たぬかぁ!」

 召喚にさえ成功すれば、王の為ならと魔王討伐に向かうのが勇者だと、甘い幻想を抱いていた老人が叫びながら異世界の勇者を呼び止める。


「おじいちゃん。やめときなって言ったのに」

 振り向いた少年が、呆れ顔でつぶやいた。

「何処へ行くつもりじゃ。魔王討伐は王命であるぞ!」

 自分で異世界から呼び出したくせに、おかしな事を言いだした。

「なら隣の国からでも兵士をさらって来て、命令でもなんでもすればいいじゃない」

 背の高い男、勇者と呼ばれた男から殺気が漏れだすのをとどめるように、少年が老人に優しく話しかける。

「何を言っておる? 他国の者が命令をきくわけなかろうが。大丈夫か?」

「えぇ~……」

 なるべく死人を出したくない少年だったが、あまりの言葉に諦めそうになってしまうが、さらにそこへ後ろの兵士が余計な口を挟む。

「王の命がきけぬのか! 痛い目にあう前に、さっさと魔王討伐に行かぬか」


 少年は絶句してしゃがみ込み、頭を抱えてしまう。

 自分達が敵わない魔王を倒しに行かせようとしている筈なのだが、勝手に魔王を倒せると思い込んでいる勇者を、力尽くでどうにか出来ると思っているのだろうか。

「なるほど。我らをどうにか出来ると言うのであれば、お前が討伐へ行け」

 黙っていた長身の方の男が口を開く。

「なっ、何を言っておるのだ。人間が、兵士が魔王に敵うはずがなかろうが」

 慌てて魔道士の老人が叫ぶが、勇者は冷たい視線を投げる。

「そいつを討伐へ行かせよ。はなしはそれからだ。先程王命と言ったな。これは余の命である。従わねば国を滅ぼす事にした」

 異世界の戦士。魔王を倒す勇者だと、そう勝手に思い込んでいた魔道士と兵士たちは、その言葉に声も出せずに固まってしまう。


 勝手な理由で勝手に召喚して、勝手に勇者だと思い込んでいた。

「な、何者……なの……ですか」

 抵抗できない威厳と人ではありえない魔力に、魔道士団長の老人が、なんとかそれだけの言葉を絞り出す。

 勇者だと思っていた男のひと睨みで、その場の魔導士も兵士も、その意志とは関係なく膝をついてしまう。


 その姿に、いくらか怒りがおさまったのか男が間違いを正してやる。

「勘違いしているようだが『勇者』と呼ばれた者なら、そちらの小僧だ」

 皆の視線が、いっせいに少年に集まる。

「あはは……どうも勇者です。そっちは向こうでは『魔王』と呼ばれていましたよ」

 老人の顔から血の気が失せ、意識が霞の中へと消えていく。

 魔王の脅威に対抗するはずが、新たな魔王を呼び出してしまった。

 今までの権力と日頃のおこないから、この失態は致命的であった。

 魔道士団長としても人としても、彼を恨む者は数えきれなかった。

 魔道士団長としての権威も信頼も、すべてを失くした老人がゆっくりと倒れる。


「ふん……魔王か。空間を跳ぶ術はないしな、一度会ってみるか。行くぞ」

「はいはい」

 ふわりと、二人の身体が浮かび上がる。

 魔王は勇者と共に西へ。

 魔王の支配する国、魔界へと飛び立って行った。


 魔王との戦に疲弊する王国。

 起死回生の一手も逆に敵を増やしてしまう。

 しかし、そんな王国の窮地きゅうちも魔王も勇者もこの物語には関係ない。

 そんな王国から、魔界とは逆の東へ。

 隣国ダリア通商連合との国境近くにそびえる山脈さんみゃく。その深く、滅多めったに旅人も通らない山間やまあいの小さな小さな集落。

 いくさも権力も関係ない、そんな田舎に暮らす長閑のどかな人々。


 この物語は異世界転移も異世界転生も関係ない、田舎の少年の平和な日常の物語だったりするかもしれない。


注) ごあいさつ

 田舎の少年たちの、なんでもない日常を描いていきます。

 のんびりのどかで、おだやかな日常となっております。

 忙しい毎日に疲れた時にでも、覗いてみてくださいませ。

 気が向いた時にでも、気軽にコメントも残して貰えると嬉しいです。

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