墓守りの腕時計

Tempp @ぷかぷか

第1話

「やあファリア。久しぶりだね」

「ああ。もう300年にはなるのかな」

 そういいつつも、ノーヴィスはそのフィリアの声からは時間の隔たりは感じなかった。

「もうそんなに経つか。ここじゃ時間も何もわからなくてね、毎日日が出て沈むのを眺めるだけだから」

「そろそろ雇用が終了すると聞いたんだ」

 ノーヴィスはファリアの呟きからもやはり、この地に住んでいた人々から感じるような、感慨というものは感じなかった。

「そうだな。随分時間が経ってしまった」

 それは、ただの事実だ。

「せっかくだから僕くらい見送りに来てもいいだろうと思ってな」

「君は相変わらずこの地面の下にいる人達みたいなことを言う」

 ノーヴィスは自らの足元を指した。

 ここは墓標で、昔に死んだ人たちを懐かしむための場所だ。けれどもノーヴィスがここに来てから300年、誰も訪れなかった。時折、ファリアがノーヴィスを訪ねるくらいだ。

 ノーヴィスは雇用契約に従いこの区画を随分長く管理している。管理と言っても、ただその区画に植物が侵入するのを防ぐ仕事くらいしかない。だから畢竟、朝起きて夜に眠る、そんな生活を送っている。


「君は仕事が無くなってもここに留まるつもりなのかい?」

「そうだな。俺の仕事は墓守なわけだから」

 ノーヴィスにはここ以外、所在として思い当たる場所がなかった。

「ここは義理立てをするほどのものなのか? まだ保管期限が切れていない墓もあるだろう? そこに行けばいい」

「そうだけどね。その墓もいずれ保管期限が切れるだろう? 俺はここに愛着が湧いているんだ」

「愛着、ね」

 ノーヴィスから漏れたその予想外の言葉に、ファリアはわずかに困惑した。

 ファリアはノーヴィスと同じところで作られた。

 だからなんとなく、ノーヴィスを気にかけていた。ファリアはその気にかけるという行為自体が、ノーヴィスの影響を受けているようには感じていた。本来はファリアもノーヴィスもそう考えるようにはなっていないはずなのだ。


「けれどもここは、地図座標から消えてしまう。廃止されてしまうから。だから僕はもう君に逢えない」

「そうだな。そうだ、よければこれを持っていってくれ」

 ノーヴィスは古い腕時計をはずし、ファリアに渡す。

 ただ時を刻むだけのものだ。

「これはこの星で見つけたんだ。機能なんて何もないけれど、俺だと思って持っていてくれると嬉しい」

「君も本当に妙なことをするね。こんなものをもらっても……」

 そう呟いて、ファリアは腕時計を眺めた。ボロボロの革のベルトに金属の円盤。それでもノーヴィスが丁寧に管理していたのだろう、金属は綺麗に磨かれていた。だから個性というものが設定されない自分たちにとっては、それこそがノーヴィスであるのだろうとファリアには思えた。

「ありがとう。さようならノーヴィス」

「ああ。どこにいても元気で」

 それからいつも、ファリアの腕にはその時計が巻かれている。


Fin

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