第41話「誤解」です


 起き上がったソレイユ様が周辺を見回して、不思議そうに首を傾げる。


「ってかこれ、どういう状況だよ?」


 どきっと胸が音を立てる。

 ソレイユ様の言う「これ」というのは、聞くまでもなく凍りついた蛇の事についてだろう。


 私はおずおずと目線を泳がせながら問い掛けた。


「ソレイユ様、蛇に潰されている時に、何か声を聞きませんでした?」

「はぁ? そんな余裕ある訳ねぇだろ」


 仰るとおりである。

 私は生唾を飲んで、何と説明をするべきか言葉を探した。


「つーかこんなデカブツを氷漬けにさせるなんて魔法、この場所で使えるやつなんて嫌でも検討がつく」


 それも、そうだ。

 私とソレイユ様以外にこの空間に誰も居ないのだから。 


 私がやったのだと、ソレイユ様の口から出る前に自分から吐露してしまおう。

 こんな恥ずかしい魔法を持っているという正体を、ソレイユ様に伝えてしまおう。


 そんな風に、思い始めていたのに。


「こりゃ『氷龍』の仕業、だな?」


――え、なに? だれ!?


「あんたは知らないだろうから説明しとくと、シルヴァディアの名前の指す通り、昔この地は人が住めない程の極寒の白銀の世界だった」


――え、なに? このタイミングで昔話が始まるの!? 


「この龍穴と言う場所は、この地に凍土を作り続けていた氷龍ってのが寝床にしていた場所だ。先代の大聖女が氷龍を封印し、この地を人が住める環境に変えたって歴史がある」


 私は口をぱくぱくと空ぶらせる。言葉が出て来ない。


「つまり、魔力の乱れってのは氷龍の封印絡みで発生してるんだろうな。この蛇ごときがちょっかい掛けた程度で乱れる封印とは思えねぇが」


 ソレイユ様の話に今回の騒動と、現在の状況を絡めてみると、あら不思議。


 この一連の出来事は、氷龍とやらが蛇の魔物に自分の縄張りを荒らされたので、氷漬けにしてを罰を下した、という筋書き。

 私達はそこに訪れて、縄張りを荒らしていた蛇の魔物の縄張りに入ってしまったところを、幸運にも氷龍に助けて貰った、という話になる。


 その龍というのが、本当に存在したのならば、だけれども。


 いやに納得したようなソレイユ様の顔を見て、掛ける言葉は見つからなかった。


 今更、私がやりましたなんて言ったところで、信憑性のカケラもない。

 そもそもそんな事を言い出せる勇気も持ち合わせていなくて、私はソレイユ様の推測に頭を頷かせた。


「そ、そういうことだったんですね、私もよく分からないうちにこんな状況になっていて」


 それに関して言えばあながち嘘でもなかった。

 まさか自分が、魔法をあんな風に使うなんて。


「ってことは、氷龍自体は姿を表してないってことか?」

「え、ええ、まぁ、そうですね。氷龍なんてものは見ていません」


 ソレイユ様が腕を組んで「ふむ」と唸った。


「何か釈然としねぇところもあるが、早く王妃に報告しねぇと」

「り、龍が居ると、何か問題でもあるんですか?」

「氷龍が封印された事でこの地は人が住めるようになったんだよ。封印が解かれてもみろ」


 あぁ、と私は息を漏らす。


「この地が凍土に戻ってしまうってことになるだろ」


 現にこの空間は凍てつくような空間へと変貌している。

 氷の中でも逞しく光を照らし続ける魔力の樹を横目に、私は胸に手を当てた。


 たまたま私が氷の魔法なんてものを使ってしまったことで、あらぬ心配をさせてしまっている。


 その誤解だけは、どうにか解いておきたかった。


「えと、きっと、大丈夫ですよ」

「何を根拠に言ってんだよ」

「えと、その」


 口篭って、返す言葉を探す。

 頭の中はぐるぐると葛藤が渦巻いている。


 こんな状況にした正体を、暴露するべきか。

 

 私がこんな魔法を使いました、なんて言ってしまえば、その証明を求められるだろう。

 ソレイユ様の目の前で、再び私は詠唱することが出来るだろうか。


「あんた、何か隠してんのか?」


 私は、ソレイユ様の問いに肯定も否定もせず、ただ黙っていた。


 問い詰められるようなソレイユ様の物言いに、少しだけ胸が痛む。

 それも当然か。聖女候補生という立場のソレイユ様は、王妃様からの命でここで起きている異常を確認するためにここへ来ている。


 ソレイユ様が知らない情報を持っているかも知れない私を、詰めるべき立場の人だ。


「あの、うんと」

「ま、言いたくねぇなら無理に聞かねぇわ」


 あっけらかんとしてそんな言葉をソレイユ様が言ったものだから、私は間抜けな声を出してしまう。


「――え?」


 でも、考えてもみればソレイユ様は最初からそういう人だった。


「言いたくねぇなら今じゃなくて話せる時が来たらでいいし、王妃にしか言えねぇ事があるならそれでいい」


 口はそんなに良くないし、見栄っぱりの意地っぱりだけど。


 王妃様は『可愛くて気遣いが出来る人』なんて言葉でまとめていたけれど、本当はもっと色んな良い所が溢れている人だった。


「だからそんな思い詰めたような顔すんなよ、ブラン」


 歯を見せるように笑って、ソレイユ様が私に述べる。


 だから、私も真実を語りたい。

 私の事を、もっと貴方に知って欲しい。


 ぎゅっと両手で握り拳を作って、お腹に力を込めた。



「ソレイユ様、実は私――」



 でも、勇気を振り絞った私の言葉を掻き消すように、ソレイユ様から「ぱちっ」と音がして。


 ソレイユ様の身体から橙色の光が、空気に溶けていくように散っていく。


「え――」


 そのまま私の胸の中に、ソレイユ様は倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る