第40話「太もも」です
震える身体に力を込めて、私は凍り付いた蛇の身体に向かって叫ぶ。
「ソレイユ様、聞こえますか!」
しんと静まり返ったこの空間は、洞窟から氷穴へと姿を変えていた。
ここに響く私の声が、先ほどより研ぎ澄まされて自分の耳へと返ってくる。
呼び掛けに自分の声しか返って来なかったものだから、私は急いで蛇の身体を動かしにかかる。
蛇の身体を引っ張る私の手には、橙色の光だけが滲んでいた。
「ソレイユ様! 返事をしてください!」
蛇の体長は一体何メートルあるのだろうか。
両手で抱えながら引っ張っても、終わりが見えない。
隣で光を放つ魔力の樹に照らされながら、必死に手を動かしていると。
私の視線の先で、蛇の身体が少し揺れ動いたように見えた。
「え」
この蛇、まだ生きている?
そんな思考を掠めるよりも早く、蛇の胴体部分があり得ない角度で跳ねて、私の顔面を直撃する。
「ひぎゃっ!」
突然の攻撃に、私は尻もちをついた。
力無く床に転がった蛇の身体。蛇の身体が飛び跳ねてきた場所に目を移すと、そこには『足』が生えている。
もちろん蛇足なんてものではなく、それは、人間の足だった。
「ソレイユ様!!」
蛇の体表から魔力を吸う力が失われたということは、再びソレイユ様が身体強化の魔法を扱えるようになったということ。
ソレイユ様が蛇の下から、思いきり蛇の胴体を蹴飛ばしたのだ。
私はその光景に、脱力して笑った。
「無事で、良かったです」
『無事じゃねぇ! 早くこいつをどけろ!』
布団の中で叫ぶような声が聞こえてくる。
そこには、綺麗な御御足がはしたなくバタバタと揺れ動いていた。
元気そうな声にホッと胸を撫で下ろしたが、私は顔を赤くして目線を逸らす。
「ソレイユ様、そんなにおっ広げられると」
『人を露出狂みたいに言うんじゃねぇ!』
そうだ、今はそんな言い争いをしている場合ではない。
怒号にも似た呻き声を発するソレイユ様の脚をあまり見ないようにしながら、私は蛇の身体の隙間から生えている脚を両手で抱える。
『ぎゃあああ! 冷てぇ! 離せ!!」
今日日「ぎゃあああ」なんて叫び声を聞くとは思わなかった。
つい手を離してしまった私は、ソレイユ様になだめるように訴える。
「あ、暴れないでください! こうしないと引っ張りだせないですし!」
『なんでそんなに手が冷えてんだよ!! 太ももを触るな!! 布の部分を持て!!』
「布の部分なんて殆どないじゃないですか」
そう伝えると、ソレイユ様は黙ってしまった。
今、どんな顔をしているのか見てみたくもあったけれど。
観念したのか、ソレイユ様の御御足は暴れることをやめた。
さて、一思いにやってしまおう。
私はソレイユ様の膝から太もも部分を両手で抱え込んで、引きずり出した。
ずるずると力なく引きずり出されたソレイユ様は、固まって動かない。
「無事ですか、ソレイユ様!」
「あー、足が冷えっ冷えなこと以外はな」
私の手によって救出されたソレイユ様は、目立った傷や出血は見られなかったものの、髪も服もヨレヨレになって、見るも無惨なお姿でした。
しかしながらソレイユ様はそんなボロボロな姿を見せても、全く恥じるような様子はない。少しだけ、羨ましいとさえ思う。
こんな人と居たならば、隠しきれない羞恥心なんてもの、抱えずに済むのかも知れない。
私はソレイユ様の脚を抱いたまま、ぼんやりとそんな事を考えていた。
短いスカートも、見えていいやつとやらが無ければさぞ破廉恥な状態になってしまっていただろう。
ええ、見えても良いやつとやらを召してくれていて助かった――。
「って、どこが見えていいやつなんですか、それ!?」
「はぁ? これぐらいなら見えてもいいだろ別に」
「全然です! ソレイユ様の羞恥心はどうなっているんですか!!」
スカートの下に履いているそれがどんな装飾かは敢えて形容しないが、もはや下着と大差ないようなそれが見えても良いやつとして分類されるなんてあり得ない。
やはり私の持論は間違っていなかった。女子のスカートの中に、見えても良いやつなんて存在しない。
ついでに前言撤回をしよう。羞恥心が無いことは良いことばかりではない。人は、人として最低限の羞恥心を持っておく必要がある。
「つーかいつまで触ってんだ、ちべてぇんだよ」
「あ、ごめんなさい」
抱えていたソレイユ様の御御足を離して、寝転がるぼろぼろのソレイユ様をじっと見つめた。
ぐにょぐにょとした蛇の身体の上で、私達は何をしているのだろう。
そんな状況下で、私にはどうしようもない笑いが込み上げてきて、思わず「ふぐっ」と笑いを漏らしてしまった。
「何笑ってんだよ、気色悪ぃ」
「え、えへへ」
不機嫌そうに寝そべるソレイユ様と上手く笑えない私を、魔力の樹から漏れる光と燭台の光が、優しく包んで照らしていた。
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