第39話「あなたが悪い」です
私の手から溢れ出る橙色の光に、黒色の光が滲む。
以前魔法を唱えた時には気付かなかったその光の色。
私は手をぎゅっと握り込んでは離したりして、飛び散る黒色と橙色の光を目で追っていた。
そんな事をしている横で、私に頭突きを食らわせた蛇の頭部が、再び「カラカラ」と音を出して攻撃体制を作っている。
「ここは、貴方の場所じゃない」
伝わらない事は承知で、私は蛇に向かって述べる。
もう一度、脳内の聖書に記された内容を確認してみる。
それは、言うならば強烈な冷気を操る魔法。
聖書が私にこの魔法を唱えさせた意味が分からないでもない。
ソレイユ様や私が攻撃した部分に大したダメージが残っていない理由は、そこにある。
この蛇の体表に触れた際の、魔力が吸い取られるような感覚を思い返す。
つまりこの蛇は魔法による攻撃を、そのまま吸収してしまうのだということ。
吸収を上回る程度の威力の魔法を放てば、再起不能に出来る可能性はある。
試しにグリフォンを撃った時のような膨大な魔力を、この空間で放つ訳にもいかない。
ましてやソレイユ様が押し潰されそうになっている魔物に対して。
しかしながら、この方法なら。
「貴方たちを、倒せる」
私が独り言を呟く。
口から漏れる白色の吐息が、私の視界に入った。
蛇が「カラカラ」と鳴らす音と共鳴するように、どこからかパキパキと甲高い音が聞こえてきた。
「そこから、ソレイユ様から、どいて」
私が蛇に向かって足を進める。
燭台から溢れる光が、空気中の凍り始めた水分をキラキラと照らしている。
まるで、この空間に宝石の雪が降っているみたいだった。
不意打ちのつもりか、視線の外から蛇が頭をしならせて、私に再び頭突きを繰り出す。
私は、交差した両手で受け止める。同じような手は食わない。
「そのまま逃げてくれたら良かったのに」
受け止めた手で、蛇の肌を撫でた。
やっぱり、蛇の手触りはすべすべしてて気持ち良いものである。
そのまま蛇の肌を、ゆっくりと歩きながら手を這わせていく。
「おやすみなさい」
ぽつりと零して、指先に魔力を込める。
少し遅れて、私が触れた部分から氷の棘が蛇の体表を包んでいく。
蛇は、自分で体温調節が出来ない生き物だという。
それが魔物の蛇にも同じ理論が当てはまるかどうかは定かではなかったが、凍らせた蛇の頭部が地面に墜ちる音がして、その理論が間違いではないという確信を得る。
氷の棘に包まれた蛇の頭部が地面に身体を叩きつける音は、先程よりも大きくて。
――あぁ、さっきは死んだフリをする為だったから、痛くない様にゆっくり倒れたのかな。
まるで人間のようだな、と私は耽っていた。
逃げ場を奪ったり、騙し打ちを図ったり、魔物という生き物の知能には驚かされる。
「貴方は逃げてくれると良いのだけど」
私は冷たい声で、ソレイユ様の上にとぐろを巻く蛇の動向を伺うように述べた。
冷気を操る魔法を使っているからだろうか。
自分が自分じゃないような感覚が、どこからか沸いては消えていく。
微動だにしないもう一方の蛇の体表に、私はゆっくりと近付く。
地面に落ちた霜をざくざくと踏みながら、ゆっくりと。
ソレイユ様の上から動こうとしない蛇に、私は手のひらを当てた。
「どいてくれないんだね、残念」
触れた指先から、もう一方の蛇にも魔力を注ぐ。
蛇は無抵抗のまま、体表が氷の棘に包まれていく。
既に蛇に触れていても、魔力が吸い取られる様子はない。
「もしかして寒かったから、もう動けなかったのかな?」
少しばかりの謝罪を述べて、氷像と化した蛇の身体を見つめた。
「だとしたら、ごめんね」
芯まで凍結された蛇の頭部が、張りぼてを押したように、地面に倒れる。
「でも、ソレイユ様に酷い事をしたあなたが悪い」
私の脳内で、聖書がぱたんと閉じる音がして――。
その瞬間、私はぶるっと身体を震わせて、身体中が寒気を訴えていることに気付く。
ふと目線を移した手からは溢れていた黒色の光が見えなくなっていて、橙色の光だけが残っていた。
そして、何かがぷつんと切れたように、へなへなとその場に座り込む。
「い、今の、私がやったの?」
魔法を唱えたのは私。今回はしっかりとした自覚がある。
でもあんな冷たい声や、言葉を発したのは、本当に私だったのだろうか――。
先程の言動に加えて今自身に起きている現象が、私を夢でも見ていたかのような感覚に陥らせる。
「さ、寒いぃ……!!」
氷の魔法を使う術者が、自分の魔法の寒さに凍える事なんて、ありますか?
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