第33話「お姫様」です
私の襟元へ込められた力が緩まり、ソレイユ様は手を引っ込めた。
軽く咳払いをして、私はソレイユ様にお願いをする。
「身体を、命を大事にしましょう?」
「ま、あんたの言いたい事も分からんでもない」
ソレイユ様が腕を組んで、恨めしそうに零す。
「ほんっと、あいつに似てんな」
遠い目をしたソレイユ様に、私は首を傾げて問いかける。
「あいつ、ってどなたですか?」
「あたしのいも――」
ソレイユ様の芋? どんな芋でしょうか、それは。
私の思考をよそに、ソレイユ様が瞳を冷たくして言葉を放つ。
「――何の音だ?」
「え?」
洞窟の深部に耳を澄ませても、私の耳には何も届かない。
「なんだこれ、何かを引きずるような音」
「私には何も聞こえませんけど」
その発言から推測すると、ソレイユ様の身体強化というのは、聴力とかそういったものも強化されているのかもしれない。
それ程までに、私には何も聞こえていなかった。
「魔力の樹はもうすぐだ。あんたの気持ちは分かったけど、もう少しだけ調査を続行する」
「ソレイユ様」
「分かってるって」
私の言葉を遮るように、ソレイユ様が述べる。
「あんたは引き返して、さっきの簡易魔法壁の中に隠れてろ」
ソレイユ様の言った言葉の意味が、今の私には良く分かる。
『自分の身を守りながら私を守る』なんて事を言えないものだから、この先は一人で行くと言っているのだと思う。
「この先でやばい事が起きている可能性がある以上、あたしはまだ帰れねぇ」
「それって、そんなに急ぐ事なんですか」
「王妃は魔法で『危険予知』をしていると言えば、意味が分かるか?」
私は「あぁ」と声を漏らした。
何が起きるかを予測しているような王妃様の意味深な発言は、そういうことだったのか。
危険を予知して、聖女候補生様にその危機の芽を摘ませるということなのだろう。
ならば尚更、手負のソレイユ様と新人以下の私を抜擢したことに違和感を覚えざるを得ないけれども。
「身体強化中なら、さっきの三倍は早く動ける。様子を見てくるだけだから、あんたは引き返せ」
「むりです」
「あんたも分からねぇやつだな」
そんな危機的状況なら、ソレイユ様を一人で行かせる訳にはいかない。
しかしながら、私が断った理由はそれだけではなかった。
「ソレイユ様、灯りも無いのにこんな暗い道を一人で引き返せません」
「あー、そうだった。なら一度二人で引き返すしかねぇか」
私は首を振って、ソレイユ様の発言を却下した。
「いいえ、私もソレイユ様と先へ進みます。一刻を争うんですよね?」
「あんた、ほんっと勝手だな」
半笑いでソレイユ様は、転がっていた燭台を手に取った。
「私も腹を括りました。いざとなったら自分の身ぐらい自分で守りますよ」
「はっ、簡単そうに言うけど、泣きっ面しても助けてやらねぇから」
「はい。余裕があればソレイユ様のことも守りますっ」
「人にはどうこう言っときながら欲張りだな。お姫様かあんたは」
人をわがままとでも言いたげなソレイユ様の口振りに、私は空笑いを返す。
そんな自分の発言に何か気付いたように、ソレイユ様は顎を押さえる。
「――そうか、最初からそうしときゃ良かったのか」
「え、そう、とは?」
「お姫様にしてやりゃいいんだよ」
そう言うと、ソレイユ様は私の手にランプを押し付ける。
ソレイユ様が私の背面に手を伸ばしたかと思うと、私の足は地面から浮き上がった。
天地がひっくり返ったかと勘違いするくらい、視界が瞬く間に変化する。
「え、え!? ソレイユ様、何を!!」
「こうすりゃ早く動けるだろ」
目の前にはソレイユ様の御顔。
「え」と自然と声を漏らした私は、燭台の握り手を落とさないように握りしめて、状況を整理する。
私の膝の下を通ったソレイユ様の右手。背中の後ろを通って私の肩を掴むソレイユ様の左腕。
お、お姫様抱っこ?
ソレイユ様に抱き抱えられた私は、目をぎゅっと瞑って叫んだ。
「あ――――駄目です! 重いから! 下ろしてください!! そして、腕を使わないでくださいってば!!」
「いや、思ったより軽いけど?」
「思ったよりって何ですか!? 撤回してください!! じゃなくて、早く私を下ろして!」
「こんぐらい、手ぶらと変わんねぇっての」
さっきまでの応酬は無意味だったのでしょうか。
私という重りを抱えたソレイユ様は、洞窟内を飛ぶように、ぴょんぴょんと跳ねていく。
同じぐらいの歳の少女にお姫様抱っこされるなんて。
薄目を開けて、ソレイユ様の顔を見る。
――何でそんなに、ニヤけた顔をしてるんですか。
このまま暴れて、放り出される訳にもいかない。
私は観念して、再び静かに瞼を閉じた。
早く、ソレイユ様が満足する場所まで辿り着いてください。
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