第34話「蛇」です

 少しばかりソレイユ様が駆け進んだ先で、ソレイユ様は突如として足を止める。

 目を閉じたまま私は、問い掛けた。


「つ、着きましたか?」


 私の声が反響をすることなく発せられたことで、少し開けた場所に出たのだと推測する。


 息なんてちっとも上がっていないソレイユ様の息遣いが聞こえる程に、そこの空気は張り詰めていた。


「なんで魔力の樹がないんだ?」


 ソレイユ様の呆然とした声に、私は目を開いた。

 口を開けたソレイユ様の視線の先に私も目を移す。


 目の前に広がるこの場所は、先程までの洞窟から繋がってるとは到底思えない程の空間だった。


 天井がどこにあるのか分からないほど高く伸びていながら、平面部分も野菜畑でも耕せそうな広さがある。


 そんな空間の中心を、ランプは照らしている。

 そこにはぽつんと、何かの塊が置かれていた。


 岩でもなく、もちろん樹でもない。

 大きな卵のような物体を見た私は、ソレイユ様へ問う。


「あれは何ですか、ソレイユ様」


 『塊』と形容したのは、そうとしか言い表せなかったから。


 私の視認が上手くできていないのか、塊の輪郭はゆらゆらと揺れ蠢いているように見える。


「あたしに聞かれても、わかんねぇよ」


 私は無意識に、ソレイユ様のフードケープをきゅっと握りしめていた。

 

 塊をじっと凝視してみると、輪郭が動いているというよりは波打っているように、規則的に形を変えていた。


 それが分かったからと言って、その正体は未だ不明。


「と、とりあえず、ソレイユ様、すごく良くない気配がします」


 だから逃げましょう、と伝えたつもりだったのだけれど。


 ソレイユ様は私を抱えたまま、塊に向かって一歩一歩足を進めていく。

 私も塊の正体が気がかりで、その動向をじっと凝視していた。

 

 塊から突如として、一本の線が立ち登る。


 ゆら、ゆら、と。静と動を繰り返しながら、その線は天へと伸びていく。


 それは、不意に『カラカラ』と音を鳴らす。

 血の気が引くような感覚に私は、咄嗟にソレイユ様の胸を叩いて叫んだ。


「避けて、ソレイユ――!!」


 間一髪というところで、ソレイユ様の身体は私を包んだまま宙を舞う。

 蠢いていたその線は私達の居た場所に向けて、ずどんと大きな音を立てて倒れ込んだ。

 

 いや、倒れ込んだのではない。間違いなく敵意を持って、私達を薙ぎ倒そうと『その身体』を振り下ろしたのだ。


 ソレイユ様が私を抱いたまま、ふわっと地面に着地する。


「なんだ、あれ」

「へ、蛇、でしょうか?」


 頭部らしき箇所からチロチロと覗く舌が、正体を物語る。


 塊とは、何かに胴体を巻き付けて丸まった蛇のような生き物の身体だった。 


「蛇なんて気配じゃねーな」

「そうですね、なにか魔力みたいなものを感じます」

「魔力、ねぇ。あの場所には魔力の樹が生えてたはずなんだが」


 よくよく塊を凝視すると、蠢く身体の隙間から魔力の光が溢れているのが確認出来る。


 つまりあの生き物は長い身体で、魔力の樹とやらをがんじがらめにしてしまっているのだろう。


 再び私達に向けて、目の前の塊はうねるような頭を這い寄らせ、攻撃行動を取る。

 

「そんなノロマな攻撃、当たるかよ」


 蛇の頭部と思われる部位が地面を強く打つ。

 ズズンと重い音が空間に響き渡った。


 あんなの、押し潰されればひとたまりもない。

 しかしソレイユ様は半歩動くくらいの身体の動きで、塊の叩きつける攻撃を躱している。


 私をゆりかごが揺らすくらいの繊細さで抱えながら、ソレイユ様は塊から距離を取った。


「あの生き物が、魔力の乱れの原因なんでしょうか」

「フツーに考えればそうだろうな」

「では、調査終了ということで帰りましょう」

「んな簡単に返してくれると思うかよ?」


 それも、そうだ。

 寝ぐらを荒らされた身からしてみれば、たまったものではない。


 しかしソレイユ様が言うように、逃げる事も一筋縄ではいかないだろう。

 初撃を避けた際にソレイユ様は、出口に続く道から距離を取ってしまっていた。


 塊から伸びる頭部のような部分は、ゆらゆらと揺れながら再び舌をチロチロと出して攻撃のタイミングを図っている。

 

「こうなったら、やるしかねぇか」

「や、やめましょうよ、何してくるか分からないですし」

「あんな単純な攻撃、何回やっても当たらねぇよ。一対一なら絶対負けねぇ」


 余裕なソレイユ様の言葉に、再び嫌な予感を抱く。


「そ、そう言うこと言っちゃうと――」


 嫌な予感というものは的中するもので。塊から伸びていた頭部のような部分が、二重にブレて見え始めた。


「ん? なんだありゃ」

「ほ、ほら――」


 二重にブレて見える、ではない。その頭部のような部分は間違いなく、二つ存在している。


「ソレイユ様、二匹居ますぅ!」

「いや、またこのパターンかよ!!」


 魔物を一匹見たら、二匹以上居ると思え。

 私は、それを教訓にしようと思います。

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