第30話「フードケープ」
龍穴と呼ばれる場所は結局のところ、洞窟だった。
私とソレイユ様はそこに足を踏み入れる。
岩肌はごつごつとしていて、天井か伸びる岩のつららのような物体が、竜の牙を模しているかのようだった。
洞窟内に吹き込んで行く風が、私とソレイユ様を洞窟内へと招き入れる。
「しかしいつ来ても、じめってて気持ち悪いな」
「そうですか? ひんやりしてて、気持ち良いですけど」
私がそう感じたのは湿気と温度に関してだけではない。
湿気を帯びた洞窟内の空気にはほんのりと魔力が漂っていて、どことない安堵感を覚えるからだった。
「なら家でも建てて住め」
「こんなところに勝手に家を建てたら怒られますよ」
くだらないやり取りを交わしつつ、地面を足で確かめる。
ソレイユ様がフードケープの内側に手を入れて、何かを留め具から外したようにパチンという音を鳴らす。
そこから取り出した小型の魔法のランプを、私に手渡す。
「ほら、これあんたの分。三時間くらいは保つ」
「すごい、何でも出てきますね」
「あぁ、内側に色んなもの引っ掛けれて便利だろ」
ソレイユ様は自慢げにフードケープを広げて、内側を見せつける。
フードケープの内側の生地にはベルトが縫い付けてあり、ベルト部分にはナイフや小型の水筒、望遠鏡らしきものなど、様々な物がぶら下がっていた。
高級そうな布に革のベルトを縫い付ける、という無骨なデザインはいかがかと思うけれど、私のポシェットなんかよりしっかり荷物を持ち歩けそうで。
手ぶらだったと思っていたのにやけに準備がいいのは、そういうことだったのか。
「便利そうですけど、重たそうですね」
「あー、お洒落は我慢だからな。カバン持つのは趣味じゃない」
お洒落か、確かにそうかもしれない。
フードコートを広げたソレイユ様をまじまじと見てみると、グリフォンと交戦していた格好と同じだった。
つるっとした肩を露出させた服も、健康的な肌の露出を惜しまない膝上のスカートも、薄暗い洞窟でも輝いて見える。
女性の私が見ても目のやり場に戸惑ってしまうような衣装を、恥ずかしさを一切感じさせることなく着こなしている。
自信満々にフードケープを広げたソレイユ様は――。
「ソレイユ様、そうおっ広げ続けられると」
「人を露出狂みたいに言うんじゃねぇ」
ソレイユ様が今度は包み隠すようにフードケープを閉じた。
「そういえば、謁見の間で見た方達とはデザインが違いますね?」
「袖の装飾さえ施してあれば後は自由だからな、あたしは動き易さを重視した」
言われて見れば、あの時はまじまじと聖女候補生様達を観察することは叶わなかったが、それぞれ独自のデザインのフードケープを羽織っていた気がする。
直接会話したヴィオラ様を例に挙げれば、白衣と見間違えるようなデザインだった。
「候補生の修道着は、着る奴の性格をそのまま投影してるみたいなもんだな」
「確かに、そうですね」
つまりソレイユ様は、手に何かを持ちたくないような、そういう性格だと自分で言ってしまっているような気がします。
「さっさと調査に入るぞ」
「は、はい」
私は力強く光を放つランプを手に、洞窟へとぎこちない足を進める。
ときおり立ち止まって私を待つソレイユ様を必死に追いかけていると、ソレイユ様が独り言をこぼすように語った。
「こういう身体使うような役回りはさ、やっぱあたしに回ってくるんだよな」
「辛い役目ですね」
「まー、あたしは他の候補生らとは違って、頭より身体動かす方が得意ではあるけど」
そう零したソレイユ様の後ろ姿は、どこか不満そうだった。
「何が面倒って、今回で言うあんたみたいに、誰かと同行させられる事が多いんだよ」
「なるほど」
王妃様の意図も分からないでもない。
ソレイユ様は、口ではどうこう言いつつも、何だかんだ面倒見が良いのだ。
洞窟に入るまではさっさと私を置いて進んで行ってしまっていたが、いざ洞窟に入ると私と距離が離れない程度に足を止めてくれる。
私のランプだって用意してくれていたし、簡易魔法壁というのを設置もしてくれた。
そういう気遣いが出来る人だから、私のような足手まといの世話役という位置付けに置かれているのだと思う。
さっきの思考は撤回しよう。ソレイユ様がそんなフードケープをオーダーしたのは、手に持ち切れないような用意周到な、準備がしっかり出来るようなお人なのだ。
ソレイユ様のフードケープを眺めながら、私はふと沸いてきた疑問を口にする。
「ソレイユ様、それは動き易く作って貰ったんですよね?」
「まーな。ぱっと見たよりは断然軽い」
「なのに色々と物を括り付けてたら、結局動き辛いのでは?」
「そ、そんなことねぇよ!」
それだけ言い伏せて、魔法のランプを手にしたソレイユ様は早足で奥へと消えていく。
「あ、ソレイユ様、待ってください〜!」
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