第29話「魔法壁」です
私はシルヴァディア王国の南門を抜けた先に続く馬車道を、ソレイユ様と歩みを進めている。
素直に着いて来ずに、ほっぽり出して逃げてしまっても良かったのだけれど。
さらさらな髪が風に靡いて私の肌を撫でると、何となく逃げ出せない自分がそこには居て。
「あの、ソレイユ様」
馬車道をじゃりじゃりと音を立てながら歩き続けるソレイユ様に、私は尋ねてみる。
「ソレイユ様の命というのは、どういう内容なんですか?」
「あー、龍穴で発生している魔力の乱れの調査」
やはり私に対する命と同じだ。
ソレイユ様と同行しろという条件があるのであれば、当たり前か。
「えと、龍穴ってのは、何でしょうか?」
そもそも、龍穴というものが何を指すのか分からなくて、足早に歩くソレイユ様の後ろを歩きながら問う。
「ま、あんたは聖女候補生になった訳でもなけりゃ、そもそも教会の人間でもないもんな」
「は、はい」
時折強く吹き付ける風が、私とソレイユ様のコートをはたつかせる。
「魔法壁の存在は知ってんだっけ?」
「はい、私の住んでいる村にも存在しています」
ソレイユ様は「流石にそれぐらい知ってるか」と鼻で笑いながら呟いた。
聖女様が祈りを捧げる事で発生する、いわば聖域なるもの。
村や街の近くに魔物が迷い込むことがあっても、直接的な被害が多くないのはその壁があるからである。
村や街を覆うように張り巡らせたその壁は、下級の魔物であれば触れることもままならない。
もちろんグリフォンと呼ばれるような強力な魔物に対しては撃退が必要になることもあるが、魔物が蔓延るこの世界で重要な役割を担っているのは間違いない。
それを無くして現在の人類の繁栄はなかったことだろう。
「この国が構える街全体を覆う壁となると、それに匹敵する魔力が必要ってこった」
「そんな魔力を、王妃様や聖女様が供給しているんですか」
「いいや、人間では賄えないその魔力を、龍穴って場所から国へと吸い上げてんだよ」
ソレイユ様はさらっと簡単そうに言うけれど。
そんな大事な器官が異常を起こしているなんて、異常事態なのでは。
ましてやそんなものの不具合の調査なんて、私に務まる訳がない。
王妃様の命というものについて、私はたっぷりと不信感を抱いていた。
「まぁでも、あたしは今回の異常ってのが怪しいもんだと思ってる」
「怪しいと言いますと?」
「王国の魔法壁を内側からぶっ壊すような魔法なんて、そんじょそこらの魔法使いが使える訳がねぇ」
私は冷や汗を垂らす。
もしあの魔法を私が使ったかも知れませんなんて口にしたら、ソレイユ様はどんな顔をするだろうか。
「もしそんな奴がいるとしたら、聖書を授かったままずっと魔力を使わず温存してきた人間か、よっぽど神様に愛された聖書持ちってことだろうよ」
「な、なるほど」
ソレイユ様の呆れたような口振りのその言葉を聞いて、魔法というものは無尽蔵に使えるものではないのだと心に刻んでおく。
「こんな命なんてよこしやがって、王妃も何かを隠してんな」
それは私の魔法の事なのかも知れない。
何か喉につっかえたようなもどかしさは隠しておくことにして、ソレイユ様の後を小走りで追う。
(いや、ソレイユ様。結局、龍穴ってどんな場所なんですか?)
今更聞き直すことは出来ません。空気が読める私です。
そうして幾らばかりか悩める足を進めていると、龍穴と呼ばれる場所は王国からさほど離れていなかった。
道に立つ案内看板が私の目に飛び込んでくる。
『この先、王宮監視区域につき立入禁止』
殺伐としたその文字に、私は思わず引き返したくなって。
案内看板の先には、山肌にぽっかりと穴が空いたような場所が見えた。
それは、どこからどう見ても洞窟。そんな場所に入らなければならないのですか?
「や、やっぱり私、引き返してもいいですか?」
「駄目」
そりゃそうだ。聞くまでもなかった。
そもそもソレイユ様と私への命というのは、北門が破壊されたことによるもの。
魔物を倒す為だったとはいえ、その原因は恐らく、私にある。
ソレイユ様がそれを知らない事を承知で、ソレイユ様に押し付けて全任せにするなど、あまりにも非人道的だ。
聖女候補生になんてなるつもりはない。
私はただ、ソレイユ様への恩返しとして、この場所に居るだけなのだと自分に言い聞かせる。
「念の為、ここに簡易魔法壁を作っとく」
「簡易魔法壁ですか?」
そう言って看板の根元辺りにソレイユ様は水晶のようなものを置く。
みるみるうちに半透明の風船が膨らむかのように、看板から円形に透明の膜が拡がった。
「万が一があったら、ここに避難しろ」
「万が一って、そんなに危険な場所なんですか、ここは」
「だから魔法壁の及ばない場所に危険じゃない場所はねぇ。昨日王国の門前であんな目にあったばっかだろ」
ソレイユ様が強めの口調で言うのも当然だった。
今までの人生で一般人である私が王国が管理する町や村、国道以外の場所に踏み入る経験なんてなかった。
もちろんこれからだって一般人で居たいけれど、この命というの達成するまでは危機感を持って行動しなければ。
「ここなら半日くらいはそこらへんの魔物の接触を防げる」
「あ、ありがとうございます」
「あんま心配すんな、ほんっとにただの保険だよ。一般市民のあんたをこんな場所に連れて来て、何かあったら騎士団長の名折れだからな」
「優しいんですね、ソレイユ様」
「気色悪っ」
何でだろう。言われた事ないはずなのに、そんな風に悪態を吐かれた記憶があるような気がした。
そして、そんな風に冷たく言い放つのも、ソレイユ様は不器用なだけなんだろうだなんて事を私は考えていた。
少しだけ口元を緩めて、私は伝える。
「私も、何かあったらソレイユ様を手助けしますから」
「いらね」
素っ気なく言い捨てて、龍穴という洞窟へ向かっていくソレイユ様の背中を、私は走って追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます