第24話「給仕長さん」です

 王妃様の部屋を後にしたその後。

 

 私は案内係の兵士の方に王宮内を連れられ、来賓室に案内された。


 王妃様の部屋とは打って変わって豪華な装飾が施されたその部屋で、一人食事を取っている。


 机に備えられたランプから放たれる光が眩しく部屋を照らしていた。


 シルヴァディア王国印の魔法のランプには魔力が蓄積されており、魔力を使い果たすまでは好きな時に光を灯したり消したり出来る。


 彩りが目に眩しい大きな絵画も、無駄にディティールに拘られた椅子も、使い勝手の悪そうなつるつるな机も、全てが落ち着かなくて。


 私はこういったお金が掛けられている環境というものに、免疫がなかった。


 そこそこ大きなこの部屋には、大きめの鏡が付いた化粧台や、背の高い本棚が備えられている。


 私はそんな散りばめられた豪華な家具を眺めながら、ろくに味を感じない食事を作業のように喉へ通していた。


(この部屋窓がない、な)


 音を立てないようにナイフを滑らせる。


 口をもぐつかせて、私はこれからどうするべきかをぼんやりと耽る。


 テラスや窓が設置されていれば、そこから抜け出す事も可能だったかもしれない。


 食事だけ頂いて逃げるとは、食い逃げも良いところではあるけれど。


(扉を静かに開けて、こっそり城から逃げ出しちゃう?)


 私が唯一使えていたあの、火を明るく灯す魔法。


 蝋燭一本あればその暖かさや明るさを増して一夜過ごすくらいなら容易なのだった。

 問題は蝋燭と燭台、それにマッチが手に入るかどうかである。


 食事を終わらせた私は扉の方に近付いて、扉をゆっくり引きながら声を掛けてみる。


「えーと、すみません、食べ終わりました」


 そこにはいかにも給仕係という格好の、フリルの付いたブラウンのワンピースに、エプロンを纏った女性が立っていた。


 ブロンド色の髪は左右で丁寧に編み込みされていて、その毛先には可愛らしいリボンがぶら下がっている。


「では、食器をお下げします」


 そう言って部屋に踏み入れようとしたその女性に、私は深々とお辞儀をして、名乗った。


「あ、ご丁寧にありがとうございます。私はブランと申します」


 給仕の女性は数秒停止していた。

 その不自然な間について、私は質問を口にする。


「あ、あの、何か?」

「いえ、給仕の者に名乗られる方など滅多にいないものですから」

「え、そうなんですか?」


 普通はそんなことしないんだ。そう言われると少し恥ずかくもあったが、良く考えるとそんなことはない。


「でも、私の為に何かをしてくれる方に名乗るのは当然ですよ」


 そう、そうでもしないと自分の中で納得が出来ない。

 胸に何かがつっかえて、気持ち悪いとさえ思う。


「お気遣いなさらず。貴方様の為ではなく、仕事だからしているまでですので」


 人形のように整った顔から、そんな言葉が発せられて。


「んえ?」


 私は豆鉄砲でも喰らったかのように、唖然とさせられる。


 偽善的な事を言ったつもりでもないのですけど、そうまでハッキリと言われると悲しいものですね。


「それでは、私はこれで」


 ショックで時が止まったかのように硬直していると、給仕の女性は既に部屋の中の食器を回収して、その手に乗せていた。


(あれ、いつの間に?)



 そんなに長い間硬直したつもりはなかったのに。

 私はハッとして、扉が閉められる前に女性を呼び止める。


「あ、あの! ちょっと待ってください!」

「――チッ、ご用命でしょうか?」


(あれ、今舌打ちしなかった?)


 そんな訳はないか。唇から発する音、リップノイズというやつだろう。


「えと、蝋燭と燭台、それにマッチを借りても良いですか? 私、夜に少量の灯りが無いと寝れなくて」


 怪しまれないように子供っぽい言い訳を足して、女性にお願いをしたのだった。


「――チッ、すぐにお持ちしますので、少々お待ちください」


 女性は睨むような目付きで、バタンとわざと音を立てるように扉を閉めた。


「え、絶対、舌打ちしたよね!?」


 扉が閉まって数秒も経たないうちに、再び扉が開く。


「お待たせしました」

「ぎえ!?」


 いくら何でも早すぎる。私は飛び上がって、目を丸くした。


 つまり私の放った言葉が聞こえていて、それについて苦言でも言う為に戻ってきたのかと推測したのだけれど。


「蝋燭と燭台とマッチをお持ちしました」


 注文したその品が、乱雑に膠着した私の手へと積まれていく。

 まるでこれをお願いするのを予測されていたかのように。


 その女性の周りから、黄色い光が漏れ出ているのを感じる。


 私はその色を見て確信する。これは魔法を使った時に出る光だ。


「それでは、また何かあれば遠慮無くお申し付けください」


 単純に疑問になって、私は女性に質問を投げかけてみる。


「ここに居る給仕の方は皆、その魔法が使えるのですか?」


 すると女性は不思議そうな表情を作って、顔を少しだけ傾けて答えた。


「魔法? 何のことでしょう?」

「えと、時間操作をする魔法、使ってましたよね?」


 そう言うと目の前の女性はピタッと固まってしまった。

 私も時間停止の魔法を使ってしまったのだろうか。


「お嬢様、変なお方とは思っていましたが、変わったチカラをお持ちなのですね」

「へ、あ、変わったチカラ?」


 お嬢様なんて呼ばれた経験が無い私は、しどろもどろになりながら言葉を発する。

 

「私は給仕長のミモザと申します。また御用が御座いましたら、何なりと申し付けください」

「あ、えと、ミモザさん、ありがとうござい、ました」

「はい、御無礼でした」


 給仕長のミモザと名乗った女性は表情を変えず挨拶をして、扉をバタンと音を立てるように閉めた。


(なるほど、給仕長さん、だったんだ)


 こんな風に魔法を用いて、仕事をするというのは良くある話だ。


 魔法のランプに魔力を込めて販売する魔法使いも居れば、食べ物を瞬時に凍結させて鮮度を長持ちさせたりすることを仕事にしている魔法使いだって居ると聞く。


 にしては、時間操作なんて魔法を給仕係にというのは少し贅沢な気もするけど。


(っていうか、私に対して、変って言ったよね? 舌打ちもしたよね?)


 私は手に積み上げられた荷物を抱いたまま、項垂れる。


「この王宮、変わった人しか居ない――」


 呟き終わったと同時に、再び扉が開く。


「そういうお嬢様も変わってらっしゃいますよ」

「言いそびれましたけど、部屋のドアはノックしてから開けてください!!」

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