第23話「取引」です
それからどれくらい、私は唸ったのだろうか。
「――私が本当に、あんな魔法を、使ったのでしょうか」
散々声を張り続けて、少し枯れた声で私は質問を口にした。
右耳のすぐ横で王妃様の声が、私に返って来る。
「あれ程の魔力を持ちながら、自覚がないのですね」
「あの時、私は夢中で。ソレイユ様が敵わない魔物を私が倒したなんて信じられなくて、今だって夢の中に居るみたいなんです」
抱き締めながら王妃様が私の頭に「ぽん」と手を乗せる。
その手からは薄らと魔力が漏れ出しているようだった。
その魔力は沢山の色が混ざっているようで、読み取れるものがない。
「ブランノワールさんの魔力は、この国だって思いのままに出来る程のものだと思いますよ?」
「私にはそんな大それた事は、出来ないです。目立たずにひっそりと暮らしているだけで十分です」
私の答えに王妃様はクスっと微笑を溢して、質問を口にする。
「ではブランノワールさんは、この世界を思いのままに出来るとしたら、どうしたいですか?」
そういう時はもっと身近な質問に変えてくれるものではないのか、と私は首を捻った。
どちらにしても、答えは変わらない。私は表情を変えずに、王妃様へ繰り返す。
「ですから、国も世界も変えるような事は私には出来ません。もし、そんな魔力が仮にあったとしても何もしないです」
王妃様が私の頭に伸ばした手を引っ込めて、くっ付けていた顔を離し、私の顔をじいっと見つめた。
フードから垂れたレースが掛かって目元が見えなくても、この距離であれば目線は私の目だと断定出来る。
相手が誰であろうとこんな近距離で見つめられると、恥ずかしいです。
「この質問は貴方がこの国に――世界にとって、敵となり得るかを見定める為のものでした」
「は、はい?」
王妃様が仰る意味が分からなくて、私はさっきとは反対側に首を傾げてみる。
「やはりブランノワールさんを、聖女の有力候補として推薦したいですね」
「そんな、私には聖女様なんて、絶対無理ですって。ソレイユ様にもそう言われましたし」
「では、取引といきましょうか?」
取引と言う言葉を出した王妃様の口元の笑みは、今まで見た中でもとっても悪そうな顔をしていた。
嫌な予感がする。
抱擁を解いて、王妃様は壁に映し出されたまま静止している私の姿に顔を向けた。
「せっかく綺麗に記録出来ていますし、国民の皆様にこのお姿をお目通し頂こうかと」
「そ、そそそんなの、駄目ですよ」
「国民に貴方のチカラを知らしめれば、皆が貴方こそが聖女に相応しいと声をあげる事でしょう。ソレイユさんのように、貴方のチカラを疑う者も居なくなるでしょうしね」
壁に映された私の絵を背景にして、両手を広げた王妃様が述べる。
「ブランノワールさんがどうしてもと言うのであれば、私も不本意ながらその魔力の強力さを黙っておくこととします。その代わり、私のどうしてもと言うお願いを聞いてもらえますか?」
そう言って、王妃様は優しそうにふふっと笑った。
「それって、脅迫ですよね?」
「大聖女として言うならばお願いですが、王妃として言うならば、そうとも言えますね」
――ひょっとして王妃様は悪い人なのですか?
「どちらの立場としても、ブランノワールさんの魔力は出来るだけ制御下、もしくは監視下に置いておきたいのですよ」
「監視だなんて、私は、悪い事はしてません」
「ブランノワールさんは悪意に疎いお方ですね」
悪意に疎い、というのもよく分からない表現である。
「その魔力で世界を滅ぼす側の存在になったとしたら、誰が貴方を止めれるでしょうか」
「良く分からないですが私が世界を滅ぼすなんて可能性は、聖女になることよりあり得ません」
「ええ、良かったです。可能性が少しでもあれば、摘むつもりでしたから」
――摘む? それは一体どういう意味ですか? もしやお花をお摘みに?
「王妃として語ると、物騒な物言いになってしまって嫌ですね」
私の背筋が伸びたのは、王妃様の笑みから殺気のような何かを感じたからだった。
しかしそれに怯むことなく、私は抗おうとして提唱する。
「で、でも、それなら候補生という立場じゃなくても良いのではないですか?」
「大聖女として、ブランノワールさんに命を下します」
「え、命、ですか?」
「その結果でブランノワールさんが候補生として相応しいかどうか、再検査しましょう」
問いの答えになっていない突発的な提案に、私は煙に巻かれた気がしてならない。
もっともその提案にすら、私の思考は懐疑的だった。
なぜなら。
「そんなの私、わざと失敗するに決まってるじゃないですか」
「いーえ、私の見立てが正しければ、ブランノワールさんはしっかりと命を果たす事でしょう」
未来を見透かしたような言葉に、私は違和感を覚える。
そうであれば尚更、検査なんてものを設けず強制的に候補生としてしまえばいいのに。
――その場合、私はどうにか隙を突いて逃げ出すとは思うけれど。
指を口に当ててそんな事を考えている私に、王妃様はふうっと一息吐いて言葉を掛けた。
「そろそろ終わりにしましょうか。あまり説明が長いと嫌がる方も多いでしょうし」
「えっと、ここには私と王妃様しか居ませんよ?」
「大人には色々と事情があるのです」
王妃様は被っているフードを深く被り直したかと思うと、懐から鈴を取り出して、ちりんちりんと透き通った音を鳴らした。
「部屋と食事を用意させますので、今日はそちらで身体を休めてください。命を記した文は明朝届けさせますから」
「ご飯を頂けるのですか!」
こんな受け入れ難い状況でも、身体は正直だった。
思えば聖女応募の試験が終わってからというもの、何も口にしていない。
命というのは一先ず忘れて、お言葉に甘えてしまおうか。
いやいや、それを口実にして命というものを強制される可能性はあるか。
どちらにしてもさっきも言ったように、わざと失敗してしまえば私が候補生なんて立場に推薦され続けることもないか。
私の思考の中で悪魔が微笑もうとした矢先、背後から扉を優しく叩く音が聞こえる。
「それではブランノワールさん、またどこかでお会いしましょう」
「え、えと、王妃様。絶対に誰にも、私の詠唱を見せないでくださいね」
私のお願いには触れることなく、王妃様は綺麗な装飾の袖元を靡かせて、私に手を振った。
「忘れないで。あなたには人々を繋げられる力と、人々を笑顔にする魔法がありますから」
王妃様から「もう退がりなさい」という意味が込められたであろう発言に、私はしっかりとお辞儀をして踵を返す。
本当は一つ確認しておきたいことがあったのだが、私はこれ以上の言葉を発することを憚られる。
(その、人を笑顔にする魔法って、やっぱり詠唱がヘンテコってことですよね!?)
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