第22話「4K」です
「本当に愉快なお方ですね、ブランノワールさんは」
「王妃様の前で、粗相してしまって、も、申し訳ありません!」
「話が長くなってしまってごめんなさいね。聖女として語ると、説法のようで嫌ですね」
尻餅を着いたまま謝罪をしたのは初めてかも知れない。
私は震える膝に力を込めて、起立する。
そして、ここに来た目的を思い出す。私は王妃様に伝えなければならないことがあった。
「王妃様、先程も申し上げたとおり、私には聖女様なんて務まりませんので、候補生というお話も、辞退させて頂きたいです」
ところどころで言葉を切りながら、私は王妃様へと懇願する。
「ブランノワールさんのその力があれば、沢山の人を救うことが出来るというのに」
「王妃様も、ご覧になったと思いますが、私の魔法なんて火を強く灯すだけしか」
「それだけでは、ないでしょう?」
口元の笑みを引っ込めて、王妃様が私の言葉を刺すように述べた。
「ブランノワールさんは魔法を使えないのではなく、使わないだけですよね」
私にとってそこに大きい差はない。
鍵が開かない宝箱の中身に、価値なんてない。
しかしながら、そんな台詞を王妃様が口にするのには違和感がある。
「あれ程までの魔力を持った魔法が存在しようとは。まだまだ私も見聞が足りませんね」
王妃様の揺れ動く唇に、頭が一瞬真っ白となって。
「幻鳥を二匹同時に撃ち抜いた魔法、お見事でした」
「え――」
「詠唱が少々ユニークだからという理由で魔法を使わないというのは、勿体無いのではないでしょうか?」」
にんまりとして発する王妃様の言葉に、衝撃と緊張が同時に駆け巡る。
顔を赤らめる前に、王妃様に確認をしておかねばならない。
「ど、どのタイミングからご覧になって、らっしゃいました?」
「オリーブさんがソレイユさんのピンチを私に知らせてくれてからなので、ブランノワールさんが詠唱を始めた辺りでしょうか?」
確認完了。
一先ずとして、顔を赤らめることとする。
呻きを発する前に、王妃様に確認をしておかねばならない。
「えと、遠くからご覧になっていたのですよね、私が何を発していたかまでは」
「ああ、遠隔透視魔法を使いましたので、音声までバッチリ聞こえていましたよ」
確認完了。
なるほど、王妃様はそんな便利な魔法をお持ちなのですね。
あの詠唱と呪文名を聞かれたのであれば、私は覚悟をしなければなりません。
「そうそう、その時の様子を私の魔法で描写することも出来ます。もちろん音声付きで」
そう言って王妃様がすっと指を刺すと、薄暗い部屋の壁の一面が怪しく光り始める。
そこに映し出された人影は、『私』らしき人物の映像だった。
『愛しき――』
私が魔法を唱えていた時の再現をするように、壁の中で『私』と思われる人間が意味の分からない言葉を紡ぎ始めた。
「え、な、ひぎゃぁぁああ!!!」
まるであの時を繰り返すように、魔物に向かって『私』らしき人物が確かに魔法を放っている。
その意味不明な詠唱を口ずさむ姿は勇姿などではない。晒しているのは、醜態だ。
「まぁ落ち着いてくださいブランノワールさん、この記録魔法はなんと4K対応ですよ」
「なんですか、それ!?」
「ご存知ないですか? 4つの『K』ですよ。『きれい』、『ききとりやすい』、『きえない』……えー、後一つはなんでしたっけね」
「分かりました!! 『傷付ける』でしょ!?」
訳の分からない詠唱をしている過去の私の横で、王妃様が訳の分からない事を口にした。
その混沌に当てられた私もまた、訳の分からない事を口走っている。
可憐な口元を袖で押さえて、王妃様が嬉しそうな声を出した。
「リピートモードにしてっと、それともうちょっと音を大きくしましょうか?」
「や、やめてください! 私が嫌がってるの分かってやってらっしゃいますよね王妃様!!」
それは、先程の無礼な物言いへの当て付けだったのだろうか。
「では一時停止しましょう、ポチッとな」
王妃様は壁に映し出された『私』と思われる映像に向かって、右手の人差し指で何かを押すような動作を見せた。
私が魔法を放っている瞬間で、壁の映像は停止した。
「止めるのではなく消してください! なんなら現実の私ごとで構いませんから!」
「そんなことはしませんよ、まだしっかりお礼も言えていませんし」
「お礼なんて必要ありません!」
それは謙遜でも自暴自棄になっている訳でもない。
自分で勝手に危ない場所に飛び込んで、ソレイユ様を危険に晒してしまったのだから。
だと言うのに、恥ずかしさを堪えられない私の暴走を抑えるかのように、王妃様の身体は私を抱きしめた。
「本当に、ありがとうございます」
王妃様の身に纏うドレスがまるで「ふわっ」と音を立てた気がした。
微かに香る花のような匂いが、とても良い匂いで――。
「っていやいや、そんな感動的風に抱擁されても誤魔化されません!」
「えーっと、では『私の大事なソレイユさんを守ってくれてありがとうございます』ではどうでしょう?」
「私の痴態を映し出す前であれば響いたかも知れませんねぇ!」
「まぁまぁ、喚くのを辞めないと話のテンポが悪くなりますよ?」
そんなご都合的な事を仰られても。
私の羞恥心の事も、忘れないであげてください。
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