第21話「中腰」です


 いっそ、帰る我など無くしてしまいたかった。

 名誉なんて最初から持っていない。挽回出来るものはない。

 汚名ならば、今から与えられる事だろう。返上する余地はない。


「私ったらとんだシツレイを……」

「ははっ、失礼で済めば良いな」


 私の濁った声の上から、ソレイユ様が笑い声を被せた。

 見ている限りずっと気を張っていたような真面目な表情のソレイユ様が、声を出して笑ったのがとても印象的で。


「王妃として語ると問責する口調になって嫌ですね。ソレイユさん、席を外して頂けますか?」


 そう言って笑う王妃様の笑みは得体が知れない。


「あー、なんか少しスッキリしたわ。こいつのことあんま虐めんなよ」


――王妃様にあれだけ言われてスッキリするなんて、ソレイユ様は本当に変わった人だ。


 王妃様に背を向けながら頭の後で手を組んで、ソレイユ様がこの部屋から立ち去る。

 少しだけ見えた横顔が、口角が上がって見えたのは気のせいだったのだろうか。


「さて、ブランノワールさん」

「あ、あいさ!」


 自分が招いた結果とはいえ、混乱しきった私の返事は威勢の良いものとなってしまう。


「王妃として言うならば、先程の貴方の発言は到底許されるものではありません」


 弁明の余地はない。王妃様の発言を否定するなどと、一般市民の私に許される事ではない。

 王妃様は「しかしですね」と、言葉を続けた。


「大聖女として言うならば、良くぞ言ってくれました。と言いたいですね」


 優しい声で王妃様は私に述べた。

 膝を折って、今まさに床に手を付かんとし、土下座一秒前の私に。


「え、えと、どういう意味でしょう」


 中腰状態の私は王妃様の顔を恐る恐る見上げながら、質問を口に出す。


「王妃としての意見と、大聖女としての意見は、一致しないものでして」


 長い袖口をひらっと靡かせて、王妃様は口元にその袖を当てる。


 優雅な佇まいは初めて見た時と変化なく、時たま私はその奥ゆかしい動作に目を奪われてしまう。


「ソレイユさんって可愛いでしょう?」

「え、え?」

「そうは思いませんか? しょげやすいところも、威勢が良いところも、ギャップがあってキュートですよね」


 唐突な問いと感想に、私は目を白黒とさせる。

 

 確かに、私と違ってお洒落に髪も結っているし、はっきりとした二重と綺麗な瞳は愛愛しく、『黙っていれば』寄ってくる男性も多いのじゃないかと思う。


「そして子供っぽく見えて、意外と大人の事情を考慮してくれる良い子なんですよ」

「は、はぁ」

「しかしながらですね、気遣いと可愛さだけでは聖女としての器には足りないのです」


 真っ赤な絨毯の上に王妃様の足が伸びて、私に近寄りながら語る。


「魔力の才能を持った者は、皆自分自身が一番の魔法使いだと信じて疑いません。魔法の練度を上げれば上げるほど、その答えに行き着くのです」


 私のすぐ側で立ち止まって、王妃様が問う。


「聖女として必要なものは何だと考えますか、ブランノワールさん?」


 見上げた視線のまま、私は答えを耽る。


 聖女として必要なもの、魔力だとか、カリスマ性だとか、近隣国との交渉に使う為の口だとか。


 いずれにしても、私には備わっていないものばかりだ。


「こう言った質問を受けた際に、自身が優秀だと考える者は、自身が持っているものを列挙するでしょう」


 王妃様の言うとおりだった。


 自分に自信がない私のような人間は、自分以外の誰かが持っている力が必要だと考えることだろう。


「裕福な貴族は富や交渉術が備わっていなければ聖女が務まらないと言い、強い魔力を持つ魔法使いは聖書のページ数に拘り、戦闘に自信がある兵士は魔物や敵を葬る術を求めるのです」


 目線を隠すレースの下で、王妃様の唇が泳ぐように揺れた。

 そこから流れる声色を私は中腰のまま、ただただ聴き入っている。


「しかしですね、ブランノワールさん。私が理想とする聖女という存在は、同じ質問をされた際に、自分以外が持っているものを思い浮かべる方なのです」


 私の体は小さく震えていた。

 

「自身の持っているチカラで全てを解決させようとせず、自分より優れている者のチカラを引き出して、より良い道へ導くこと。何時でも謙虚な心を持ち、自分が誰よりも劣っていると考えること。それが聖女に必要なものだと、私は考えています」


 王妃様が語る有難いお言葉に、体を震わせ続けながらこくこくと相槌を打つ。


「それを踏まえて質問します。ブランノワールさんに必要なものは何ですか?」


 今の私に必要なもの、それは。


「立ち上がるタイミングを見定めるチカラ、ですかね」


 中腰のまま固まってしまった膝の限界を耐えるのに精一杯で、ろくに王妃様のお言葉が頭に入っていなかった。


「あ、もうだめ――」


 そうして私の膝が限界を迎え、カエルのように後ろにひっくり返る。

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